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女性たちの痛み 魔女とされ、消されてきた声 鴻巣友季子〈朝日新聞文芸時評2022年11月〉

青木野枝 黒玉1

 「シスターフッド」は現在ポジティブな言葉だが、20世紀初頭の一時期に意味が“下落”したことがある。婦人参政権運動が盛んな折。当時のオックスフォード英語大辞典(OED)の第2語義には「なんらかの共通の目的……を持つ複数の女性を漠然と表し、しばしば否定的な意味で使用される」とあり、「金切り声を上げる女たちの連帯(シュリーキングシスターフッド)」などの実用例があった。

 この語義は、OEDの編纂(へんさん)に多大な貢献をしながら名前を記されなかった女性部員たちの足跡を追ったピップ・ウィリアムズ『小さなことばたちの辞書』(最所篤子訳、小学館)からの引用である。

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 痛みから来る女性の声や怒りの表明はしばしば「ヒステリー」「黄色い声」などと表現され周縁化されてきた。医療の現場でも文字通り女性の痛みを訴える声は軽視されやすく、その傾向は非定型な症例において増幅すると、アヌシェイ・フセインは『「女の痛み」はなぜ無視されるのか?』(堀越英美訳、晶文社)で指摘している。昔から男性社会の定型にはまらない女性は他者化され、ときに「魔女」扱いされてきた歴史がある。不屈の革新力をもつ女性たちをとりあげたモナ・ショレ『魔女』(いぶきけい訳、国書刊行会)によれば、魔女狩りにあった女性たちは「ヒステリックで」「あわれな女たち」と多くの歴史家に評されてきたという。

 キム・リゲット『グレイス・イヤー』(堀江里美訳、早川書房)は、こうした「より弱い性(ウィーカーセックス)」の発する声と抵抗の力を描くサバイバル小説だ。作中の少女たちは16歳になると森の奥に追いやられる。ひとを罪や破滅や嫉妬に陥れる性的魅力=「魔力」を大自然に解き放ち浄化された身になって漸(ようや)く文明生活に戻れるのだ。

 家父長制の根強いこの郡の女性にとって最たる罪は「夢を見る」こと。夢を見て寝言を口にした女が「悪魔の言葉をしゃべった」として絞首刑に処されるさまは、魔女狩りそのものだ。自らを危険に晒(さら)して女の弁護をしようとする者はいない。

 古来男性の理解を超えたパワーや才覚はしばしば「魔力」か「聖力」として神秘化され、その痛みや怒りの声は排除されたり封じられたりしてきた。本作はそういう抑圧の歴史を辿(たど)り直すディストピア小説であり、因習と迷信の呪縛を科学知で解いていく物語でもある。

 理不尽な支配と処罰に取り巻かれる女性と、その力強い連帯が描かれる櫻木みわ『カサンドラのティータイム』(朝日新聞出版)にも声の封殺は見られる。上京して憧れの職についた友梨奈と、自らの不妊治療を振り返るマンガをSNSに載せている未知。友梨奈は人気の社会学者の男性深瀬と一夜を共にしたことで一気に転落する。彼からいきなり「ストーカー」と指さされて周囲の信頼を失い危機に陥るのだ。彼女の言い分を聞く者は出てこない。

 未知は夫・彰吾の過去の暴言を無断でマンガに描き、彼の苛烈(かれつ)な怒りを買う。以前も彰吾の友人たちに彼の暴力的な所業を打ち明けて助言を求めた経緯があるが、彼女自身も心情の言語化や、他者の気持ちの理解が難しい特性がある。実は深瀬と彰吾には人格障害があり、彼らの行いはモラハラだとわかってくるが、なぜか男たちは世間に受け入れられ好評すら得ている。こうした社会的不均衡をも本作は描いているだろう。

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 文月悠光(ふづきゆみ)の6年ぶり待望の詩集『パラレルワールドのようなもの』(思潮社)は虚無へとかき消されそうになる声をこちら側に繋(つな)ぎとめてくれる。

 ある加害と被害の場で、「価値を損なうのはきみの方だから」口を閉ざしておけと言う男性らしき声(「わたしが透明じゃなくなる日」)がする。あるいはひとは自らの言葉にも切り裂かれる。「あなたへの伝わらなさに苛立(いらだ)つとき/噛(か)みしめて思う 唇は傷口であると」(「見えない傷口のために」)。文月は「『無かったこと』にされるのが嫌だった。大きく取り上げられる存在がある一方で、消される存在、無視される声が多くあった」とあとがきに書いている。

 “魔女”にされるのは常に時代の趨勢(すうせい)の風下にいる者だ。風上で権力や世論に守られた者は安心して風下の者を叩(たた)く。けれど心の泉は枯れない。文月の詩は語りかける。「だから、どんなに乱されても/心の水を抜かないでください」と。歩き続けるための杖を掴(つか)んだ気がした。=朝日新聞2022年11月30日掲載