ISBN: 9784863135376
発売⽇: 2022/09/18
サイズ: 19cm/485p
ISBN: 9784022518736
発売⽇: 2022/11/07
サイズ: 20cm/173p
「ドナーで生まれた子どもたち」 [著]サラ・ディングル/「私の半分はどこから来たのか」 [著]大野和基
ある日、母親に唐突に告げられたとする。「あなたのお父さんはお父さんじゃないの」
『ドナーで生まれた子どもたち』の著者、サラ・ディングルの場合は27歳のときだ。不妊の原因が父親にあるとわかり、匿名ドナーの精子を使って生まれたのがあなただと。すでに父は他界していた。疑うことのなかった彼女は混乱した。しばし自分を見失うが、やがて決意する。ジャーナリストとして生物学的な父親を捜し出すと。
オーストラリアでは遅くとも1940年代に第三者の精子を使った人工授精(AID)が始まったという。戦後まもなく始まった日本と大差ない。医学部などの学生をドナーに使い、子どもに隠しておくところも酷似している。成長して知ったときに抱くショックや怒り、遺伝的ルーツがわからないことによる不安や不都合、アイデンティティーの喪失もまた同じだ。
そのオーストラリアなどに比べ日本での立ち遅れた現状を浮き彫りにするのが『私の半分はどこから来たのか』である。
たとえばメルボルンのあるヴィクトリア州では現在、AIDの子どもがドナー情報にアクセスする「出自を知る権利」が保障されている。過去にさかのぼって情報を請求することもできる。双方の希望に応じて匿名ドナーと子どもをマッチングさせる公的サービスもあるようだ。
日本では、厚生労働省の部会が出自を知る権利を含めた法整備を求めたにもかかわらず20年近く放置されている。遅まきながら検討されている法案では、本人の同意がない限りドナー情報は開示されない。すでに存在する1万人以上の子どもたちが過去にさかのぼって請求することも認められない。
出自を知る権利への意識の高まりを受け、ドナーの確保は難しくなっている。一方、ニーズは確実にあり、ネットやSNSを介した怪しげな取引にどう対処するのかも現実の課題だ。
生を受けたのがヴィクトリア州ではなかったディングルの父親捜しは大いに難航する。
生まれた病院のカルテのドナー欄はなぜか破棄されていた。自ら勤める放送局の番組にカミングアウトして出演したが反応は乏しい。だが、万策尽きかけたころに歯車が回り出す。そこから先は小説家が想像力を凝らしても思いつかないような展開が待っている。
この2冊にはAIDで生まれた子どもがドナーとの面会を果たす事例がいくつも出てくる。問題がすべて解決するわけではないが、前には進める。私の知る限り、日本でドナーと巡り合えた子どもはまだいない。
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Sarah Dingle オーストラリア放送協会の調査報道記者兼司会者。女性や子どもへの暴力の問題などを扱う▽おおの・かずもと ジャーナリスト。米国の大学で化学、基礎医学を学ぶ。著書に『代理出産』など。