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トランスジェンダー 知ることで差別にあらがう 文筆家・栗田隆子

トランスジェンダーの人権を訴えるイベント「第2回東京トランスマーチ」で、街頭を行進する参加者=11月、東京都新宿区

 年末慌ただしい中、ついネットサーフィンをしているとNHK「紅白歌合戦」のニュースを見つけた。長年白組で出演してきた歌手が、「特別企画」の枠で出場するとのことだった。男女混合バンドも存在している中で「紅白」でわざわざ「男女」を振り分ける意味がどれだけあるのかと思っているのだが、今の日本社会で「正しい」「男」や「女」に振り分けられる際に切り捨てられる在り方とは何か。それを考えたい人にショーン・フェイ『トランスジェンダー問題』を薦めたい。

暴力の被害者に

 本書はトランス女性(出生時に男性として診断された女性)の自死から始まる。既存の社会による「正しい身体」という枠組みから外れることで、健康や安全や、安心していられる場所、住まい、仕事、経済力を奪われ、時に犯罪者とさえみなされる。実際はさまざまな暴力の被害者であるトランス女性だが、一部の女性たち(時にTERF〈ターフ〉〈Trans-Exclusionary Radical Feminist=トランス排除的ラディカルフェミニスト〉と呼ばれている)からは女性用の「トイレ」や「風呂」に侵入し性暴力を振るい、あるいは「スポーツ」では女性の活躍を妨害する存在としてのみみなされる。
 本書を読めばTERFの言説が事実に基づいていないだけではなく、トランス女性が被る暴力はマジョリティーに責任があり、他のマイノリティー(移民・障害者・貧困者・ムスリム、外見によって軽視される人など)の問題に通底していることが分かる。本書の著者であるショーン・フェイは1988年生まれの英国のトランス女性であり、本書も英国のトランス女性の問題が中心となって描かれる。

沈黙の理由探る

 それに対してトランス男性(出生時に女性として診断された男性)はどんな社会的位置付けか。良くも悪くも注目されるトランス女性に対し、トランス男性の沈黙や露出の少なさは何を表しているのか。そんな疑問に答えてくれるのが、周司あきら『トランス男性による トランスジェンダー男性学』だ。
 この本の興味深い点はホルモン投与などにおいて「パス」「埋没」(外見で男性として通ること)したのちに、トランス男性が「男性学」にコミットしようとする点だ。既存の「男性の生き方を探るための研究」としての「男性学」や恋愛経験や経済力を持たない「弱者男性」はトランス男性を別の存在とみなして、シス男性(出生時に男性と診断されその後も診断された性別で生きる男性)しか見ていないこと、また「男性の身体」を持った存在となったゆえに関心を持たれない(=トランス女性と違って良くも悪くも取り沙汰されない)現状が明らかにされる。

 「最近は性別に関して難しい」という人もいるが、それでは何の事柄ならば簡単なのかと思う。私たちは残念ながら自分以外の立場に驚くほど鈍感だ。社会問題に敏感な人であってさえもそのわなを免れることは難しい。その難しさについて、著者本人の「失敗」から語る誠意ある本がキム・ジヘ『差別はたいてい悪意のない人がする』だ。私自身も今回の書評は「失敗」あるいは、ズレているかもしれない。だがトランスの人ばかりが矢面に立たされることが問題だからこそ、今回の書評を引き受けた。
 最後にLGBTQやトランスという言葉を聞いたことがない方へのお薦めは森山至貴『LGBTを読みとく クィア・スタディーズ入門』(ちくま新書・946円)である。
 私たちは全てを知ることはできないが、知らなくてもいい対象や事柄だと勝手に思い、判断することは差別の強化につながる。それを最後にお伝えして終わりたい。=朝日新聞2022年12月17日掲載