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「進駐軍を笑わせろ!」書評 占領期の芸人たち 活躍を復元

評者: 藤野裕子 / 朝⽇新聞掲載:2023年01月07日
進駐軍を笑わせろ! 米軍慰問の演芸史 著者:青木 深 出版社:平凡社 ジャンル:芸術・アート

ISBN: 9784582839098
発売⽇: 2022/10/27
サイズ: 20cm/359p

「進駐軍を笑わせろ!」 [著]青木深

 よくぞここまで集め、書き込んだものだ。占領下、本国から遠く離れた日本に駐留する米兵に、日本人が米軍基地などで演芸を披露した。言葉が通じないため、芸人たちは身体と道具を使って笑いをとった。何よりよい稼ぎになった。著者は、この米軍慰問ショーに関する断片的な史料を収集し、存命する関係者の話を聞いて、当時の様子を復元した。
 紙切り芸では初代林家正楽がマッカーサーの顔の形を切り抜き、奇術では松旭斎広子が米兵の持つ10ドル札を燃やしてみせる。軽業師が自転車の曲乗りを披露し、女性たちが踊る。活(い)き活きとした多彩な芸の記述から、ショーの場を超えた側面が見えてくる。
 一つは時間のつながりである。話芸が通用しない環境では、江戸時代やそれ以前から続く芸がものをいった。客の注文に応じて絵を描く席画、太神楽(だいかぐら)の曲芸や、中国から伝来した「籠ぬけ」などがそれである。
 もう一つは地理的な広がりだ。戦前の日本には中国からの奇術師もいたが、終戦後日本にとどまった人が米軍慰問で活躍した。戦前に欧米で活動していた日本人曲芸師のなかには、日米開戦後に強制収容されたのち、終戦で日本に送還され、進駐軍の慰問に参加した人もいた。
 占領と性の問題も浮かび上がる。慰問ショーでは「女の子を守るの大変だったよ」という証言は、慰問と性暴力が紙一重であったことをうかがわせる。ただし、ダンサーなど若い女性を前面に出した軍の慰問は、戦時中の日本軍でも行われていた。進駐軍慰問には、日米の男社会によって結ばれた「共犯関係」があったと著者は指摘する。
 娯楽を欲する米兵と、仕事を求める日本の芸人。両者がかみ合って作られた慰問ショーの場は、非対称性と共犯性が幾重にも混在していたといえよう。著者の構想力と筆力、人びとへのあたたかなまなざしによって綴(つづ)られた本書は、そうした占領の本質をも射貫(いぬ)く。
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あおき・しん 都留文科大教授(歴史人類学、ポピュラー音楽研究)。著書に『めぐりあうものたちの群像』。