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「絶筆」書評 死後生を否定しながら、本心は

評者: 横尾忠則 / 朝⽇新聞掲載:2023年01月21日
絶筆 著者:石原 慎太郎 出版社:文藝春秋 ジャンル:日本の小説・文学

ISBN: 9784163916200
発売⽇: 2022/11/07
サイズ: 20cm/141p

「絶筆」 [著]石原慎太郎

 これは余談であるが本書の短編「北へ」があまりにも僕の境遇に酷似していたので驚いた。「血の繫(つな)がらぬままに育てられてきた」が「貰(もら)いっ子だと知ったのは中学生(僕的には高校生)の頃」に「事の弾み」で「戸籍を目にした」ことで、「さしたる衝撃はなかった」。むしろ「二人の仮の親に冷めた感謝の念はあった」。という心情さえも僕の自伝とそっくりである。
 話を変えよう。本書の白眉(はくび)はなんといっても死の直前に書かれた「死への道程」であろう。死を目前にして「神経は引き裂かれ」、思考停止状態から脱却できないまま死の到来を前に、「虚無は歴然として存在する」というアフォリズムをものにする。
 著者は死後生や輪廻(りんね)転生はないと否定しながら心霊現象には並々ならぬ興味があった、と四男の延啓氏は語る。また次男の良純氏には感性の重要性を説き続けたが、石原自身は感性と背反する理性・知性の人として、自ら頑固一徹の自我を主張し続けた。
 本書は、前作の自分と妻の死後の出版を目的とした自伝『「私」という男の生涯』(幻冬舎)と深くリンクする。「死への道程」はむしろ前著のための「あとがき」にふさわしいように思える。彼の虚無願望は、前著で赤裸々に露呈させた内容へのカムフラージュともとれなくもない。
 虚無を願望する一方で、彼の本心は全く異なる意識(死後生の肯定)を認めながら、それ故に死後生への恐れから、自我を全うするためにも虚無をつらぬき通すしかなかったのではないだろうか。
 また「死への道程」は人間石原であるべきだと思うが、「太陽の季節」の文学者としての石原慎太郎を前面に押し出しているように思われる。自分は「選ばれた人」という自負が、自らを特別視すると同時に複雑怪奇な人物を創造してしまったようにも思えてならない。
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いしはら・しんたろう 1932~2022。作家。運輸相や東京都知事も務めた。『太陽の季節』など著書多数。