村上貴史が薦める文庫この新刊!
- 『11文字の檻(おり) 青崎有吾短編集成』 青崎有吾著 創元推理文庫 792円
- 『絞首商會(しょうかい)』 夕木春央著 講談社文庫 1111円
- 『七つの裏切り』 ポール・ケイン著 木村二郎訳 扶桑社ミステリー 990円
短篇(ぺん)集の(1)。全面ガラス張りの屋敷で起きた射殺事件の謎を解く一篇は、短篇の隅々までこの真相を成立させる工夫に満ちていて嬉(うれ)しくなる。その他、現実の大事故と切り結んだうえでミステリを溶かし込む短篇や、白熱の戦闘描写の奥に深い想(おも)いがひそむロードノヴェル、そして刑務所内での“十一文字のパスワード当て”の知略に驚嘆必至の書き下ろし表題作など、実に様々な良作が収録されていて、著者がデビュー時の“平成のエラリー・クイーン”という異名をはるかに超越した存在となったことを実証する一冊。
第3作『方舟(はこぶね)』が昨年大評判となった夕木春央は、(2)でメフィスト賞を受賞してデビューした。大正9年の東京。国際的な無政府主義者の秘密結社の存在を背景に、ある邸宅で発見された刺殺屍体(したい)の謎を探るこの探偵小説は、かつてこの邸宅に侵入した泥棒が探偵役を務める動機をはじめ、登場人物たちの動機がとにかく意外で、なおかつ説得力があって素晴らしい。筋立ても物語のテンポも『方舟』とはまるで異なるが、本書もやはり衝撃作。
(3)は、禁酒法時代の米国を舞台に、内面描写も状況説明も極限まで削(そ)ぎ落とした文体で複雑な人間関係の変化を綴(つづ)った7篇を収録。理髪店での爆弾騒ぎから列車上の殺人へと続く最終話に代表される硬派な犯罪小説が並ぶが、なかには裏切りと嘘(うそ)と暴力の果てにユーモアがにじむ一篇も混じる。いずれも1930年代に書かれた小説で、無愛想だが現代の読者をも強烈に酔わせる。=朝日新聞2023年1月28日掲載