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詠里「僕らには僕らの言葉がある」 ろう者と苦労人の野球、絶妙な間

©詠里/KADOKAWA

 耳の聞こえる者と聞こえない者。縁のなかった2人が野球で出会い、やがてバッテリーを組んで高校野球で活躍を始めるドラマだ。障害者をテーマにした作品というと、ついハンディキャップがあるのに乗り越えてがんばる、という物語を予想しがちだが、この作品の雰囲気はだいぶ違う。耳の聞こえない「かわいそうな人」ではなく、「コミュニケーションの方法が違う」2人が、同じ野球という目標を通じてお互いを認め合い、少しずつ距離を狭めていく展開が描かれる。

 ろう者の事情を知らない者の思い込みや、家族の迷いや葛藤なども、ていねいにすくい取られているが、何よりも野球マンガとして面白い。人を寄せつけない雰囲気ながら苦労人のキャッチャーと、現実をまっすぐ受け止め素直に育った、ろう者のピッチャー。まったく性格の違う2人が、投げたボールの一球の手応えをきっかけに気持ちが動き始め、手さぐりでコミュニケーションをしながら同じ目標に向かっていく展開には、わくわくさせられる。シンプルながら細やかな表情の伝わる絵が、絶妙な間(ま)で描かれ、思わず画面に引き込まれる。彼らの本格的な戦いが描かれる続刊が待ち遠しい。=朝日新聞2023年2月4日掲載