ダンス講師から転身 背水の陣で小説の道へ
直木賞受賞の人気作家の来校に、少し緊張した面持ちの図書委員と文芸部員のみなさん。壇上に立った今村翔吾さんは、こうあいさつした。
「作家って静かでミステリアスで…って人が多いけど、オレ全部その逆やから。いちばん直木賞らしくない直木賞作家が来たと思って気楽にいこうや!」
軽く場が和んだところで今村さんが話し始めたのは「本ができるまで」。作家が書いた原稿はまず出版社の「編集」の元へ。今村さんは「作家がピッチャーなら編集者はどんな球種をどこに投げるかを指示するキャッチャーみたいな役」とした上で、「ぶっちゃけ編集者の能力によって作家は変わるし、編集者が優秀だといい作品になりやすい。作家はかなり編集者の力を借りています」。編集の指示やアドバイスを反映した原稿は、次に「校閲」に。
「歴史小説を得意とする専門の校閲さんもいて、すごく厳しい。たとえば平安時代が舞台の作品で『空を見上げると半月が輝き』とか書くと、『今から1300年前のその季節のその日は半月ではなく17日目ぐらい。表現を変えてください』と月の形までチェックする。めっちゃ細かいやろ?」
その後、編集と校閲のチェックを重ね、作家が手直ししながら校正が進む。同時に編集者はデザイナーと絵師を手配し表紙を、「営業」部隊は広告展開を決めていく。そしてようやく「印刷」され、本に。「取次」が全国の「書店」に配送し、ようやく読者の手元に届く。「これだけ多くの人の手を通って、1冊の本が出版されてるんです」
図書委員と文芸部員という、同年代の中では本に馴染みのある生徒たち。「出版界に興味がある人いる? 作家になりたい人は? 将来こうなりたいって夢がある?」と問いかけ、今村さんは自分の来し方を語り始めた。
ダンスインストラクターという異色の経歴を持つ。「小学校のころからずっと小説家にはなりたいと思っていた。ダンス教室では教え子を相手に『オレが直木賞取ったらどうする?』『映画化されたら主演は石原さとみさんがええな』なんて言うては、子どもたちも『はいはい』て話半分に聞いててん」
しかし、30歳を前にしたある日、転機は突然訪れる。
教え子の女子高校生が家出を繰り返し、親から頼まれて車で迎えに行った。「何を聞いてもほとんど無視されてたんやけど、5回目の家出のときやったかな、ポツポツと話し始めて」。やりたいことがあるにはあるが、母子家庭の自分が進学するには母がさらに仕事を増やさなければならない。そこまで自分が本気なのかわからない。適当に就職して家にお金を入れたほうがいいんかなー…。
「そこで熱血教師バリに今村翔吾は言うたったよ。『お前さ、お母さんのせいにして逃げてるだけやろ。夢、諦めるなよ』って。ドラマやったらジャジャーンと感動的な音楽流れ、『先生〜っ!』ってルーキーズみたいに抱き合うとこやん?」
爆笑する生徒たちに、今村さんは続けた。
「ドラマと現実は違った。彼女は僕をめっちゃ冷たい目で見て、ボソッとこう言うた。『翔吾くんこそ夢諦めてるくせに』」
一転、息を飲む生徒たち。「本当に小説家になりたかったし、好きな世界だった。だからこそ、その世界に挑んで自分に才能がないと思い知らされるのが怖かった。彼女の言葉に何も言い返せなかったし、自分はこのままだときっと一生言い訳して挑戦を先延ばしにしていくんやろうな…。そう気づいてしまった」
翌日にはスクールを経営していた父親に仕事を辞めると告げ、退路を断った。教え子からの応援の横断幕や色紙にはもれなく「めざせ直木賞!」と書いてあった。今村さんはこう宣言したという。
「30歳になってからでも夢は叶うと、残りのオレの人生で証明するから見ていてほしい。それを最後に君たちに教えるから」
YouTubeとは異なる「本の魅力」とは?
子どもたちとの約束を守り、昨年1月に直木賞を受賞した今村さんは、記者会見で「来てほしいと言ってくれる学校や書店を自腹で訪ねる」と宣言。「祭り旅」と銘打ち、9月からおよそ120日間、運転手役の秘書と大型バンで全国を回った。「学校の体育館15個以上もあるような超大型書店から、4畳半ぐらいの小さな書店さんもあった」と今村さん。2000年には2万軒余りあった書店が現在は約1万軒ほどにまで半減してしまい、本だけ売っていても利益が上がらず、いわゆる最低賃金で続けている本屋もたくさんあった、という。「現状がどうなっているのかも知りたかったし、今村翔吾とその作品を応援してくれる書店に恩返しがしたかった」。こう続ける。
「小説を娯楽というなら、娯楽の王者の座はとっくに陥落してしまった。今は圧倒的に動画配信メディアが強い。横並びでもいいからもう一度勝負を挑まなきゃアカン。その過程で、本の魅力が何かを考えることはできる」
本の魅力とは? 今村さんは「『人生を変えた本』てよく聞かへん? でも『人生を変えたYouTube』は本に比べたら少なそう。本の方が上とかそうことではなくて、性質の違いが大きいんやないかな、と」
YouTubeは「すき間時間を埋める」という性質から、時間をかけずにサクサク見られるように作られている。それに対して本は読むのに時間がかかる。今村さんは「『オレも中学の時こんなことあったな』とか『私が同じ立場やったらどうするだろう?』とか、本の中でつづられている世界を自分ごととして置き換える時間があり、知らんうちに自分自身と対話してるはずなんです。そして、その思考が心に刻み込まれる。人生を変えるほど心に刻み込まれる本って、実は作家やなくて、君たち読者が作ってる。それが本の最大で最強の魅力やと思う」
小説も小論文も 大切な「初っぱなのパンチ」
休憩時間を挟んだ後半は、文芸部はもちろん、入試の受験科目に小論文を課する大学もあり、何かと文章を書く機会が多い生徒たちに、「文章の書き方」を指南することに。
「一番気をつけなアカンのは『視点』」と今村さん。誰の視点で物語が進むのか。今村さんは「小説は一人称か三人称で書く」とし、三人称には登場人物の一人の目の映ること、知りうることで描く「一視点」と、登場人物すべての感情がわかる「神視点」とがある、と解説。
「三人称神視点はライトノベルに多い。こっちの気持ちもあっちの気持ちもわかっているという構成やけど、小説としてのだましやトリックが組みにくく一番難しい。エンタメを書くなら三人称一視点が圧倒的にオススメ。純文学は自分の心の中を表現する世界やから、より内面をえぐりやすい一人称もいい」
「視点」とともに重要なのが「構成」。「『起承転結』でまとめようとしがち。無難にこなすならそれでいいんやけど、もし人より抜きん出ようとするなら人と違うことをしなきゃアカン」
今村さんのオススメは、初っ端に「転」を持ってくる。そして、起・承・結と展開する。「地球環境問題に関する小論文なら、オレやったら『地球が滅びればいいと思ってる』から始める。読む人に『何? こいつ大丈夫か?』と初っぱなにパンチを一発かまして、そこから論理を広げていく」
最初が肝心、最初につかむ。それは、小説でも同じことだ。「小説を読んだとき、最初の2、3行でこれおもしろそう! 逆にオモロなさそうと、わかることあらへん? 僕ら小説家は最初の3行で勝負しろと言われている。そして最後の3行も。ここに時間と力をかける」
さらに、文章全体の中で「波を作ること」と今村さん。「一発目にエンジンをふかしたら、そのあと力を抜くところをどう作るか。これは小説に限らないんやけど、全部が全部エネルギー全開で振りかぶると、しんどくて読めたもんやない。文章に山と谷を作る。ネタバラしすると僕の小説って大体そうなってる。実はそれはオーソドックスな型。覚えておいて使うのはアリ」
作家としての手の内を伝授したあとは、自分たちでも小説を手がける文芸部員などからの質問に次々と回答。さらに、こんな驚きの「提案」も。
「文芸の甲子園みたいな大会を目指すなら、オレがコーチしよか?」
驚き顔を見合わせる生徒たちに「どんなモードで行く? 厳しいモード? つっても竹刀振り回してりはせえへんよ」と笑い飛ばしながら、こう続ける。
「文芸部の文集を見る限り、高校生にしては文章力が高い。構成力、波、題材の取り方を鍛えればいいところを狙えると思う。ま、ダメやったらオレのせいにすればええやん」
筆者は、今村さんをよく知る出版社の人が今村さんをこう称していたのを思い出した。「走る言霊」。直木賞受賞、全国行脚に続き、「文芸部とともに全国を狙う」という言霊を胸に生徒たちと疾走し、またもや有言実行なるか!?
生徒たちの感想は…
安住はなさん(中3)「これまで小説は単なる『物語』としか見てなかったけど、作家さんはこういうことを考えて小説を作っていると知り、読書すること自体の視野が広がりました。
品川聡花さん(高1)「自分でも小説を書いているのですが、焦っていいものを書こうとするよりも、いろんなものを読んだり見たりするインプットも大事なんだと感じました」
小島鳳斗さん(高2)「僕らと同じ年ぐらいの教え子からの一言が大きな転機になったという話が印象的でした。高校生活を送る中であまり意識したことがなかったのですが、転機やチャンスが来た時に気づける準備をしていきたい」