自分の仕事を見つけるまでの道のり
――「しごとば」シリーズでは、全6巻で計60もの仕事の現場を描いてこられました。新作『しごとへの道 1』は、その「しごとば」から派生した新シリーズだそうですが、どのようにして生まれたのでしょうか。
「しごとば」の1作目が出たのが2009年。以来、十何年も続けてきたわけですが、たくさんの仕事場を取材させてもらううちに、描き切れないエピソードがたまってきたんですね。1職業につき約4ページで、情報を厳選して盛り込んでいくので、どうしても省かざるを得ない内容がたくさんあって。何ならそれだけでもう1冊作れるんじゃないか、みたいな話を、10年ほど前から編集者さんとしていました。
「しごとば」では、仕事の現場や手順、道具の紹介などをメインに描いているのですが、取材を重ねる中で面白みを感じたのはむしろ、仕事をする人の人となりや、よりパーソナルな部分でした。仕事場はその人らしさがにじみ出る場所でもありますからね。それで、その人が自分の仕事を見つけるまでの道のりを描いてみたいと思うようになって、「しごとへの道」が生まれました。
>>鈴木のりたけさん「しごとば」インタビューはこちら
―― 同じく「仕事」をテーマとしているものの、「しごとば」のスピンオフと呼ぶにはかなり内容の違う、読み応えのある作品となりましたね。
過去の取材のこぼれ話だけで作れたらラッキー、なんて思っていたんですが、きちんと作ろうとするとそういうわけにもいかず、改めて取材させてもらうことにしました。子ども時代から今に至るまでどのような変遷で、どんなことを思いながら歩んできたのか、じっくり話を聞かせてもらって描いたので、「しごとば」とはまた違う、中身の濃いものになったと感じています。
迷いながら、力強く歩んでいく姿を描きたかった
―― 最初に登場するパン職人の本行多恵子さんは、自宅でパン教室を開く母親のもとで育ち、誕生日にはケーキのかわりにレーズン食パンを一斤丸ごと食べるという、大のパン好き。子どもの頃の夢まっしぐらで、そのままパン職人になるかと思いきや、ホテル勤務や北海道の牧場暮らしなど、回り道をたどります。
本行さんは僕の家の近所のパン屋さんで、もともと客としてお店に通っていたんです。『もっと・しごとば』でも取材させてもらって、パン職人になるまでにいろいろあったと聞いていたので、「しごとへの道」にぴったりだと思い、最初に取材に伺いました。
新幹線運転士の四方利一さんも、『しごとば』からの再登場です。野球に夢中だった少年時代から、鉄道会社での新入社員研修、駅員や車掌として経験を積んだのちに新幹線運転士になるまでを描いています。
研究者の松田英子さんは、今回初めて取材させてもらいました。松田さんは東京大学大学院卒の研究者ですが、エリート街道を進んできたわけではなく、中学時代に不登校になったり、研究者になってからも挫折を味わったりと、悩みながら人生を歩んできた方です。
―― その道を極めた人のサクセスストーリーではなく、市井の人が迷いながら歩んでいく姿を描いた作品というのは、これまであまりなかった気がしますね。
こうすれば成功しますよ、みたいな話にはしたくなかったんですよね。いわゆる成功者でなくとも、誰しも人生それなりにいろいろあって、意識せずともいくつものターニングポイントで決断をしながら、それぞれの道を力強く歩んでいる。そういう姿を描きたいと思いました。
―― 同じ職業の人でも「しごとへの道」は十人十色ですよね。
そうなんです。だから職業で切ることにはあまり意味がないとも思っていて。職業は人間の社会的属性のひとつではあるけれど、この本で伝えたかったのは、どうすればその職業に就けるかではなくて、仕事を通してどう生きてきたか、ですから。
入りたくて入った会社がすぐ倒産してしまった、というような不可抗力もあると思います。でも、それがきっかけでスパッと方向転換して、いい仕事に巡り合えた、なんてこともあるはず。そんな運や偶然もすべてまとめて、生き様や人生の楽しみがにじみ出るような本にしたいなと思いながら作りました。
将来の不安を感じたときの助けにも
―― 制作で苦労したのはどんなところですか。
履歴書のように事実関係を時系列に並べただけのものにはしたくなかったので、取材は3、4時間かけて、たっぷりとお話を伺いました。どの方も、自分の人生をさほどドラマチックだとは思っていないようで、結構淡々と話してくれましたね。僕は相手の心の糸をほぐすことに注力しつつ、ここはポイントになりそうだなと思ったところは、絵にすることも考えながら、場所や時間帯なども含めて突っ込んで質問していきました。
さらに、GoogleEarthで3人が幼少期に過ごした地や過去に訪れた場所をチェックしてイメージを膨らませたり、提供してもらった写真を見たりと、時間をかけて追加取材もしています。
そうやって得た膨大な情報の中から、このときのこの選択が今につながるとか、あのとき培った技術がここで生きるとか、ちゃんと筋が通るように、必要な部分だけピックアップしてストーリーを構成します。各話60ページくらいで幼少期から今に至るまでの人生をまとめなければいけないので、そこが一番苦労しましたね。
―― 192ページとボリュームはありますが、コマ割りのコミック仕立てなので、長い文章を読むのが苦手な人も手にとりやすいですね。
細かいコマに情報を詰め込むだけだと単調になってしまうので、見開きでどーんとダイナミックに見せる決めゴマを作ったり、ところどころ小ネタを挟んだりして、緩急をつけました。
小学校高学年以上を主な対象としていますが、中学生や高校生、大学生にも手にとってもらえたらなと。僕自身、高校生や大学生の頃にこういう話を聞く機会があったら、人生をどう歩んでいくかということに対して、もう少し心構えができたんじゃないかな、と思うんですよね。将来への不安とか、にっちもさっちもいかない閉塞感を抱えてしまったときの助けにもなるかもしれません。
―― 親目線で読むと、親が子どもの人生に影響を与えるのもほんの一時のことなんだな、といったことにも気づかされますね。
そうですね。なるべく取材した通りリアルに描いたおかげで、読み手によっていろんな気づきがあるのかもしれません。
―― のりたけさんご自身も、大学卒業後にJR東海で新幹線運転士を経験し、グラフィックデザイナーを経て絵本作家になったという、異色の経歴の持ち主です。
自分の人生も描いたら、なんて言われたりもしますが、自分のことを描くとなると伝わり方も変わってしまう気がするし、どれだけナルシストなんだって感じもするので、さすがに描かないかな(笑)。
今回僕は「しごとへの道」を通じて、それぞれの人の人生を追体験しているような感覚があって。なんだかもう100年ぐらい生きたような気分になりますね。今は2巻に登場する獣医師の渡邉英秋さん、ヴァイオリニストの佐々木絵理子さん、地域おこし協力隊の黒阪旅人さんの取材を終えて、原稿を描いているところです。読者のみなさんにも、さまざまな人生を追体験してもらえたらうれしいです。