- 答えは市役所3階に 2020心の相談室
- 鬼の話を聞かせてください
- バイオスフィア不動産
誰しも、初対面の人間と会話する時は程度の差こそあれ不安になる。だから、相手の発言に慎重に耳を傾け、そこに噓(うそ)は含まれていないか、人柄は読み取れるか、互いに頭を働かせて推理することになる。そんな時、私たちは気づかぬうちに探偵や刑事のように振る舞ってはいないだろうか。
コロナ禍によって悩みを抱えた人々の話に、市役所に開設された「こころの相談室」の担当職員・晴川が耳を傾けるのが、辻堂ゆめ『答えは市役所3階に 2020心の相談室』である。相談者は年齢も性別もまちまちで、悩みの内容も「就職先が見つからない」「婚約を破棄された」など多種多様だが、いずれも自分の責任でもないコロナ禍に人生設計を歪(ゆが)められたという共通点を持つ。晴川はそんな彼らと丁寧に向き合い、それぞれに合ったアドバイスを示す。だが彼女の鋭い洞察力は、相談者の話に含まれた矛盾を見逃さず、彼らが隠しておきたかった事情にまでも推理で到達してしまうのだ。コロナ禍の初期という誰にとっても苦しかった世相を背景に、巧妙な伏線とサプライズを全篇(ぜんぺん)に仕掛けた連作短篇集である。
心ならずも真実に気づいてしまう晴川に対し、木江恭(きのえきょう)『鬼の話を聞かせてください』の写真家・桧山は、逆に人の秘密を積極的に暴きに行くタイプだ。あなたの体験した「鬼」の話を聞かせてください――という体験談の募集に応募してきた人々の話から、彼はそこに含まれた噓や、応募者自身も知らなかった事実を露悪的に推理する。その結果、応募者たちは知りたくなかった真実を突きつけられ、人生が一変するような暗澹(あんたん)たる思いを背負うことになるのだ。史上最悪の安楽椅子探偵と言っていい桧山だが、読後に冒頭の「プロローグ/エピローグ」に戻れば、彼の言動についてまた別の感慨を抱くことになるだろう。
周藤蓮『バイオスフィア不動産』は、資源やエネルギーがすべて内部で完結しているため外に出て他者と交流しなくてもいい「バイオスフィアⅢ型建築」が普及し、大部分の人類がその中に引きこもって暮らすようになった未来が舞台。それらの建築を管理する後香不動産の社員のアレイとユキオは、住民からのクレームに応じ、彼らの住居を訪問して問題解決にあたる。極度の閉所恐怖症で建物内に入れないアレイと、彼の代わりに住民と直接対面する機械生命体のユキオという不思議な組み合わせだが、そんな両者が、恒久的に幸福を与えてくれる筈(はず)の家で暮らす人々とのやりとりから、クレームにどう対処すべきかを推理してゆく。最大多数の合意で何が正気かを決めていた社会が存在しなくなった時代の人間のねじれた論理や欲望を描いた、SFミステリー仕立ての連作だ。=朝日新聞2023年2月22日掲載