第168回芥川賞・直木賞の贈呈式が先月22日、東京都内で開かれ、受賞者4人がスピーチを披露した。コロナ禍以降3年ぶりに飲食を伴うパーティーが開かれ、会場はにぎやかな雰囲気に包まれた。
『この世の喜びよ』(講談社)で芥川賞を受賞した井戸川射子(いこ)さんは「私はあったことを忘れていくのが怖いし、人と人とが争うのが怖いし、自分から遠くのものが小さくしか見えないし聞こえないのが怖い」と話し、「そういう怖さにあらがうために、これからも一生懸命、文章を書いていきます」と語った。
東日本大震災以降の風景を描く『荒地(あれち)の家族』(新潮社)で芥川賞を受けた佐藤厚志さんは仙台在住。母親や友人の言葉が「パワーになって(デビューから)5年やってこられた」と感謝。「時間とか場所が隔たっているところの間に立って、回路になるような小説を書いていけたらいいなと思っています」と述べた。
『地図と拳(こぶし)』(集英社)で直木賞を受賞した小川哲さんは「僕は小説を書いているという実感があんまりなくて、読んでいる感覚なんですよね。自分の書いたものを」と語り、「まず自分が読者として面白い小説を読みたいし、読者としての自分に応えられるだけの面白い小説をこれからも書いていけたら」。
直木賞を受けた千早茜さんは、石見銀山を舞台にした『しろがねの葉』(新潮社)について、「本を出した当時、視覚情報のない(坑道の)闇の中をよく書こうと思ったねと言われた」と振り返った。「小説は目に見えないものを書く媒体。においとか肌触りとか人の感情とか、記録に残らないものを、時間すらも超えて書ける。そういうものをこれからも書きたい」と抱負を語った。(山崎聡)=朝日新聞2023年3月1日掲載