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辻村深月「傲慢と善良」 婚活がはらむ残酷さと希望描いた“読むカウンセリング”小説

 傲慢(ごうまん)と善良。この言葉に対する印象が、本書を読む前と後では、がらりと変わってしまう。

 物語は、突然失踪した婚約者の坂庭真実を探し求める西澤架(かける)の視点で描かれる第一部と、真実の視点で描かれる第二部で構成される。

 父親の急逝で会社を継いだ架は、三十代前半の時に付き合っていた相手からフラれた過去がある。結婚を迫る相手に、応えることができなかったのだ。だが、三十代後半になり、一人で生きていく人生に不安を覚えた架は、婚活を始めることに。

 この、架の自分本位っぷりに鼻白むものはあるが、不惑を間近にした男性のリアルなのだとも思う。あんなにも拒んでいた束縛や制約こそを求めてしまう、切迫した想(おも)い。架が「七十点」の真実(フラれた彼女は「百点」だった)を選んだのは、そんな想いからだった。

 架が真実を探す過程で、明らかになっていく真実の過去。そこに登場する、真実が地元で通っていた結婚相談所を営む老婦人・小野里の言葉が痛烈だ。ジェーン・オースティンの『高慢と偏見』を、“究極の結婚小説”である、と看破する彼女は言う。

「現代の結婚がうまくいかない理由は、『傲慢さと善良さ』にあるような気がするんです」

 現代の日本は目に見える身分差別はないものの、一人一人が自分の価値観に重きを置きすぎて傲慢である。その一方で、善良に生きている人ほど、誰かに決めてもらうことが多すぎて“自分がない”。傲慢さと善良さが、矛盾なく同じ人の中に存在してしまう。

 この小野里の言葉が、物語を太く貫いている。架の、そして真実の、それぞれの「傲慢と善良」とは、真実の行方は、そして、二人の関係の行き着く先はどうなるのか。

「婚活」がはらむ残酷さと希望。誰もが抱える心の光と闇。結婚や恋愛に悩む人にはとりわけお薦めの、“読むカウンセリング”小説である。=朝日新聞2023年3月4日掲載    ◇

 朝日文庫・891円=10刷39万部。昨年9月刊。「ヒットはマッチングアプリでの出会いがコロナ禍で一般化したからか」と担当者。