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「銀座に住むのはまだ早い」書評 二十三区で五万円 探して歩く

評者: 藤田香織 / 朝⽇新聞掲載:2023年03月11日
銀座に住むのはまだ早い 著者:小野寺 史宜 出版社:柏書房 ジャンル:

ISBN: 9784760154920
発売⽇: 2023/01/26
サイズ: 19cm/285p

「銀座に住むのはまだ早い」 [著]小野寺史宜

 えー?それはちょっと無理じゃない?と思いながら読み始めた。東京二十三区に住んでみたいと願う千葉県在住の作家が、現在と同じ五万円以内で借りられる部屋を探しつつ、街を訪ね歩くエッセイ集である。
 条件は、フロトイレ付き、ワンルーム、管理費・共益費込み。定期借家は含まない。いざとなったら、そこそこ長く住む意思があるからだ。一番住みたいのは、二十歳のころから三十年以上愛してやまない中央区の銀座。でもさすがに無理だとわかっている。ではどこなら可能だろう?
 二十三区のうち、どこから攻めるか。区を決めて地図を見る。住みたい街を選んで住宅情報サイトに先の条件を入れて検索。これと決めた物件と、その周辺を千葉から「見に」行く。内見はしない。こんな感じかと確認し、住んだつもりになって街を歩く。
 東京二十三区の平均家賃は八~九万円だという。目次に並ぶ千代田区・神保町、港区・三田、渋谷区・代々木上原といった文字を見れば、やはり無謀では?と思う。逆に、そこならいけるかも?と思う区と街もある。しかし予想は意外と当たらない。五万円で住める街と住めない街の見分けは想像以上に難しい。
 歩きながら二〇一九年の本屋大賞二位となった『ひと』をはじめ、女性タクシードライバーを主人公にした『タクジョ!』など、自著の舞台となった土地も紹介していく。ここにはあの作品のあの人物が住んでいる。事件が起きた現場はここ、と聞けば興味をひかれる。同時に実在する飲食店で昼食をとりコーヒーを飲む。そのバランスが巧(うま)い。
 実は、小野寺史宜が送り出したこれまでの小説のなかには、東京二十三区全てが何らかの形で描かれている。自分が触れてきたひとつひとつの『まち』を、自分の足で確かめながらゆく作家は景色のなかに今を、昔を、そしてこの先を見る。
 「東京」がぐっと近くに感じられる名ガイドだ。
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おのでら・ふみのり 1968年生まれ。「裏へ走り蹴り込め」でオール読物新人賞。著書に『君に光射す』など。