「あかあかや明恵」書評 インド行を断念させた神の霊告
ISBN: 9784103345367
発売⽇: 2023/01/18
サイズ: 20cm/237p
「あかあかや明恵」 [著]梓澤要
冒頭からいきなり、明恵(みょうえ)上人の耳切り事件から幕が切って落とされる。俗世を離れて仏道に生きんとした釈尊につづくためには、五根のひとつを欠くことはどれほどのことか――。
明恵といえば「夢記(ゆめのき)」を無視できない。19歳から死の1年前まで書き続けた。明恵の夢はフロイトの無意識が顕現した産物という説は必ずしも通用しない。例えば神仏などの超越的な存在がしばしば夢に現れるだけではなく、同時に現実的に神が降霊して、のっぴきならないメッセージを語る。
30歳の頃、明恵は釈尊への強烈な思慕を達成せんとインドに渡る決心を立てんとするが、明恵の心を読んだ神が明恵の計画を拒んだ。
「我は春日大明神なり。明恵房の天竺(てんじく)行を止めるために降りてきた」
明恵の叔父の妻糸野御前(いとのごぜん)に春日大明神が憑依(ひょうい)して彼女の口を借りて霊言を語らしめた。夢ではない。この奇異に明恵は後日、再び糸野御前を迎え、春日大明神の霊告を求めた。
「御房の寿命はきわめて短い」。春日大明神はじめ、諸神達(たち)も明恵を守護しており、明恵が母親の腹の中にある時から守っている。従って「わが言葉に背いてはならない」と告げる。その場に居合わせた者達もこの神のサプライズに驚愕(きょうがく)すると同時に圧倒されながらも、耳を傾けた。
それでも明恵は再びインド行の決行を図るが、執拗(しつよう)な神のブロックの前には断念せざるを得ない。明恵は10代の頃から夢や不可思議なことによって示唆され、導かれてきたが、仏や菩薩(ぼさつ)の化現(けげん)では、という者がいても、明恵は仏法の定めに従えば自然と備わる能力で本来人間には誰にも備わっているという。
夢や様々な共時性を体験しながらも、尚(なお)かつ明恵の意識は近代的とも言える。現代人のわれわれの失った太古の能力に、明恵の存在は無言の批評精神を投げかけてくる。
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あずさわ・かなめ 1953年生まれ。作家。著書に『荒仏師 運慶』(中山義秀文学賞)、『捨ててこそ 空也』など。