- ニードレス通りの果ての家
- 海之怪 海釣り師たちが見た異界
- ラヴクラフト・カントリー
舞台は米国西部の田舎町にある『ニードレス通りの果ての家』。主人公テッドと娘のローレン、黒猫のオリヴィア――物語は、そこに暮らす三者三様の語りが交錯する形で進む。テッドはかつて、近隣の湖畔で起きた少女失踪事件の容疑をかけられたことがあり、被害者の姉も同地に越してきて、真相を探ろうとしていた……。
ホラー系文学賞の選考委員を永らく務めていると、DID(=解離性同一性障害)を、お手軽に扱った作品が頻出して「またか!」と辟易(へきえき)させられる。このテーマを扱うなら、本書くらい入念で巧緻(こうち)な扱いをしてほしいものだ。この作品が米本国で軒並み高い評価を得ているのが、取りも直さずそれを裏付けていると言えよう。
山と海と、貴方(あなた)はどちらが怖いですか? 以前、怪談雑誌の特集で、そんな質問を読者に発したことがある。個人的には、生き延びられる可能性、というか許容時間が、人間には極端に限られてしまう海のほうが怖い……と思うのだが。「板子一枚下は地獄」という漁師さんの格言は、重いのだ。
かつて田中康弘氏の〈山怪〉シリーズを大ヒットさせた編集者が今度は海の怪異に挑む……高木道郎の実話集『海之怪』は、そんな経緯で世に出た一冊だ。永らく釣魚を趣味としてきたフリーライターの著者が、釣り仲間から聞かされた怖い話・不思議な話の数々。いずれも短い、片々たる話が多いのだが、またそれゆえに、ヘンに作られた物語にはない、惻々(そくそく)とした真実味が感じられる。夜釣りに興じる二人連れの背後から、女の子たちのはしゃぐ声が聞こえ、後にその曰(いわ)くが明かされる「はしゃぎ声」、かつて武将の妻が戦(いくさ)に敗れて身投げした断崖に白衣の少女の幻影を見る「御前落とし」、とりわけ巻末収録の「日本海中部地震で起きたこと」のリアリティは圧倒的だった。
『ラヴクラフト・カントリー』という書名を見て、似たような題名の本が前に訳されていたはずと探したら、ありました! アニオロフスキが編纂(へんさん)した『ラヴクラフトの世界』(原題は、Return to Lovecraft Country/青心社)。ラヴクラフト作品でおなじみの土地を舞台にした新作を収めたアンソロジーだが、今回のマット・ラフ作品は重厚な大長篇(へん)。しかもラヴクラフトゆかりの土地が舞台という点では軌を一にしているが、こちらは現代作品らしく、ラヴクラフト作品に顕著な人種差別問題が前面に打ち出されている。冒頭から執拗(しつよう)に繰り返される白人警官による理不尽な黒人迫害の描写。主人公の黒人帰還兵は、失踪した父親を取り戻すため架空都市アーカムならぬ「アーダム」を目指すが……その行く手には、米国建国以来の闇の裏面史と壮絶な魔術的闘争が待ち受けているのだった!=朝日新聞2023年3月22日掲載