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蝉谷めぐ実さんの読んできた本たち 「陰陽師」にのめりこみ、歌舞伎にはまり、時代小説へ進んだ青春時代

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家に本がいっぱいあった

――いちばん古い読書の記憶を教えてください。

蝉谷:絵本の『三びきのやぎのがらがらどん』ですね。この連載で他にも挙げている方がいらっしゃるので、やはりみなさんお好きなんだなと思っていました。

 それと、『めっきらもっきら どおん どん』というタイトルが特徴的な絵本も好きでした。男の子が異世界に迷いこむお話なんですが和風な感じで、大黒さんみたいな妖怪が出てきたりして。おそらく祖父が頼んでくれていた福音館書店から毎月送られてくる絵本の1冊だったと思います。

――本が好きな子だったのですか。

蝉谷:今回の取材にあたり母に「どんな子だった?」と訊いたら、妹と弟が遊んでいる後ろで一人で本を読んでいたような子だったそうです。

 でも、家ではそうだったんですけれど、外では目立ちたがり屋でした。近くの公園で虫取りしたり、木登りして遊んでました。

――蝉谷さんは大阪出身ですよね。

蝉谷:はい。大学進学で東京に来るまで大阪の住宅街で育ちました。ただ、2歳くらいの頃に、父の仕事の関係で一時期シカゴにいました。その間はずっと、祖父が録画して送ってくれるアニメの「ムーミン」とか「アルプスの少女ハイジ」とかを観ていたようです。

――小学校では、目立ちたがりで?

蝉谷:そうなんです。私は国立の小中高校に入ったんですが、その小学校受験で、学力テストや面接とは別に、みんなが遊んでいるところを試験監督の人が見て点数をつける、といったコミュニケーション能力を測るみたいなものがあって。幼稚園児ながら目立たないと点数をつけてもらえないと感じていたんです。そのあたりから、野心というか競争心みたいなものが助長されていったというか。

 その学校は、小学校から中学校に上がる時と、中学校から高校に上がる時にテストと内申点で3分の1ずつ落とされるんです。それもあって競争心が強くなったように思います。

――クラスでもわりと発言したりとかされていたのですか。

蝉谷:とにかく賢く見られたくて、朝の読書の時間も小学校低学年なのに高学年が読むものを借りて読み、知らない漢字があるとわざわざ立って周りにも聞こえるように先生に質問したりして。先生からはめちゃくちゃ鬱陶しがられていたと思います。

――そうしたなかで読んで面白かった本はありましたか。

蝉谷:記憶に強く残っているのは、夢枕獏さんの『陰陽師』です。祖母の本棚にあったんです。漢字のタイトルでこりゃあ賢く見られるぞ、と。村上豊さんの表紙絵の妖怪のちょっととぼけた感じにもそそられて、それが気になって手に取ってみたら、漢字が多いなりにも結構わかるところがあったのでそこからずっと読んでいました。

――おじいさんおばあさんと一緒に住んでいたのですね。

蝉谷:はい。祖母は高校の古典の先生で、祖父は社会の先生で歴史とかを教えていました。父は医師なので、家に様々なジャンルの本があったのは、今思えばいい環境だったなと思います。

 祖母の本棚には『源氏物語』のような古典や、海外文学の全集もあったはずなんですけれど、その頃には全然手が伸びずで。祖父の部屋にあった歴史系の図鑑などを読んでいました。その中に『輪切り図鑑』というのがあって、ヨーロッパのお城を輪切りにして中の生活の様子がわかる絵が載っていたんです。それを眺めながら妄想するのが好きでした。

 父は漫画も好きで、『うしおととら』『ブラック・ジャック』なんかもそろっていました。それと、私が通っていた小学校は手塚治虫先生の母校なんです。図書館に手塚先生の漫画が全部あったので、そこで『火の鳥』なども読んでいました。あとは『シートン動物記』や『ファーブル昆虫記』とかも好きでした。

 ただ、だからといってすごく本を読んでいたわけではなく、休みの時間になると真っ先に校庭に飛び出ていて、運動会などもすごく気合いを入れるタイプでした。

――蝉谷さんは江戸の歌舞伎を題材にした小説を書かれていますが、小学生の頃から、おばあさんに歌舞伎に連れていってもらっていたそうですね。

蝉谷:京都まで連れていってもらっていました。でも、「はじめて歌舞伎を観た時の衝撃...!」みたいなことはぜんぜんなかったんです。学校で「歌舞伎に行ったんだ」と自慢できる、くらいの気持ちでしたし、着物の人がいっぱいいたなという程度の記憶しかないんです。

 そうした日本文化よりは、「ハリー・ポッター」のシリーズを読んだりしていて...。でも「ハリー・ポッター」はみんなが読んでいるので途中でやめて、『ダレン・シャン』シリーズや『バーティミアス』シリーズを読みました。

 それと、父が持っていた横山光輝さんの『三国志』の漫画も読みました。異世界や今とは違う時代にのめり込めるような小説や漫画が好きだったのかもしれません。

――その頃、将来なにになりたいと思っていたんでしょう。

蝉谷:小中校の頃はやっぱり遠い将来よりも、上にいけるかどうかばかり気にしていました。中学校に上がれるかな、高校に上がれるかなって...。周囲はみんな頭のいい人ばかりだったので、そんなことを考えていたのは自分だけだと思うんですけれど。

――ああ、3分の1ずつ落とされてしまうから。

蝉谷:途中で入ってくる人たちがめちゃくちゃ頭がいいので、友達と「またバケモノが入ってきたぞ」と、とんでもなく失礼なことを言ったりしていました。そういう子と闘って上に行かなきゃいけないという思いがずっとあって。学期末になると成績表とは別に、学年での順位が書かれた細長い紙が配られるんです。憶えているのが、私は小学校の時は21位で、貰った紙を大事に大事にしていたんですが、中学校に入ったらもう、高校に上がれるかどうかギリギリの順位になってしまって。

 本が好きだったので小説家になりたいと考えたことがあったような気もします。でも世の中にこんなに面白い本がいっぱいあるということは、自分もそれくらい面白いものを書かないとやっていけないんだ、と子どもながらに考えていたように思います。今でさえ「あの子はこないだの試験で何点とった」などと思いながら生きているのに、その世界に入ったらずっと挫折とか嫉妬とかがあるだろうから大変だな、って。

――国語の授業は好きでしたか。

蝉谷:授業は楽しかったです。新学期に新しい教科書が配られるとすぐ全部読んでいました。この連載を読んでいると授業で朗読させられるのが嫌いだったという方も結構いらっしゃるんですけれど、私はめちゃくちゃ気合いを入れるタイプでした(笑)。台詞の部分は誰よりも情感をこめて読む、みたいな。

――へえ。聞いてみたいです。小説家さんってトークイベントでよく自作の朗読しますから機会はあるかも...。

蝉谷:いやいやいやいや、それはいいです! 小学校まではそうだったんですけれど、今はもうずっと部屋にいたい人間なので! 恥ずかしいので!

――ふふふ。お決まりの質問ですが、作文や感想文は好きでしたか。

蝉谷:私は好きでした。作文でもいつもの目立ちたがり屋の性分が出て、人と違う書き方をしたい、と気負っているところがありましたね。高校の時には賞も頂いたと思います。

 夏休みの感想文の宿題などでは、課題図書よりも難しいものを選んでいました。小学生の頃だったか、安部公房の『砂の女』を読んで書きました。祖母か祖父の本棚にあったものを選んだ気がします。でも、書いたことだけ憶えていて、ぜんぜん中身は憶えていないんです。お馬鹿な子どもでした。

――読書以外に、なにか夢中になったものはありましたか。運動とかゲームとか...。

蝉谷:ゲームは色々なものに手を出してきました。小学校の時はポケモンをやったり、妹や弟と一緒にマリオカートをしていました。あとは、父が「HALO(ヘイロー)」というゲームをやっているのを横でずっと見ていました。地球の人口が爆発的に増加して、地球に住めなくなった結果、人類は宇宙に進出するんですが、人類は神を冒涜するものだと宇宙人の連合軍に一方的に戦争を仕掛けられて......、ストーリーはよくわからなくても、世界観を見ているだけで面白かったです。私がはじめてSFに触れたのがこのゲームだったと思います。

 中学生時代には「戦国BASARA」もやりました。私の歴史の知識はそこから始まっていて、でもゲームなので大分史実と違う。伊達政宗が六刀流だったり、本多忠勝がロボットだったりするんです。デビューしてから時代小説を書いていらっしゃる方々とお話しする場に呼んでもらえることがあるんですが、そこで「本多忠勝がね...」という話になると、私、最初にロボットを思い浮かべてしまって、ちょっと気まずかったりしています。

演劇部で脚本を読む

――中学生になってからの読書は。

蝉谷:『陰陽師』は繰り返し読み続けていました。あとは、小野不由美さんの『十二国記』シリーズ、時雨沢恵一さんの『キノの旅』シリーズ。世界観がしっかりしていて、没頭できる本が好きなんだと思います。漫画もわりとそうでした。中学生の頃は「ジャンプ」系をたくさん読んでいて、『BLEACH』とか『銀魂』が好きでした。あとは家の本棚にあった『らんま1/2』とか『動物のお医者さん』とか。

――まだまだ、小説を書こうと思うこともなく...。

蝉谷:中学の時、ヘッセの「少年の日の思い出」が教科書に載っていて、その続きを書きましょうという授業があったんです。ここでもすごく気合いを入れて書き、これ絶対面白い、と思って。でも自分が考えた筋に熱中しすぎて、登場人物の名前をよく確認せずに、似た名前を書いてしまったんです。それぞれが書いたものをランダムに読んで感想のメモを貼っていくんですけれど、私が書いたものに対する感想のほとんどが「名前が違います」って。それはまあ、そうなんですけれど(笑)、そんな感想しかもえらなくて、「こんなに面白いのになんで内容を評価してくれないんだ」と一人勝手に怒ってました。それが、はじめて小説を書いた思い出です。

――部活はなにかやっていたのですか。

蝉谷:中学では卓球部に入って、途中から演劇部に入り、高校も演劇部でした。強豪校とかではなく、高校では男子部員は1人もいなくて、女子が6、7人くらいの部活です。それで、自分たちが演じられるものを探して脚本も読むようになりました。いちばん憶えているのは本谷有希子さんの『遭難、』です。あとは、鴻上尚史さんの『ビー・ヒア・ナウ』。個人的な趣味として井上ひさしさんの本なども読むようになりました。

――演者だったのですか、それとも演出とか?

蝉谷:演じる側でした。台詞おぼえが悪くてすごく怒られてました。『遭難、』では主人公の里見先生をやったんです。教師の間でリーダー格の先生です。自殺未遂した生徒のお母さんが職員室に乗り込んできて、息子が手紙を渡したはずなのに無視したって他の先生を責めるところから始まるんですね。でも実は、その手紙をもらったのは里見先生で...という。本谷さんの脚本ってギャグも入っていて面白いんですけれど、人間の本質をえぐり出していくところがあるので、台詞の一つたりとも無駄にしちゃいけないと演者として気をつけていました。

 演劇は他にも、コメディからシリアスなものまでいろいろやりました。時には自分たちで脚本を書いて、出し合ってどれにするか決めたりもしましたが、私の書いたものは全然選ばれることはなかったです。うまい人はやっぱりうまかったです。

 それと、高校の学祭では、全クラスがそれぞれ演劇をやって、上位3クラスだけが学祭の一般公開日に上演できることになっていたんです。たいてい3年生のクラスが選ばれるんですけれど、1学年4クラスあるのでめちゃくちゃ熾烈な闘いになるんです。これはもう全クラス力を入れていました。私も3年の時に、同じクラスだった演劇部の子と一緒に「隣のクラスの大道具、どうやったら潰れるんだろうね」とか話してました。もちろん、潰してないですよ(笑)。そういう心理状態になるくらい力を入れていたんです。その演劇部で一緒だった子とは今でも仲が良くて、高校時代も結構その子と本の話をしました。

――高校時代はどんな本を読んでいたのですか。

蝉谷:その子がミステリー好きで、教えてもらったなかですごく面白かったのは横山秀夫さんの『半落ち』です。妻を殺したと自首してきた男が、自首するまでの空白の2日間について何も語らないっていう。その動機の部分、感情の部分が描かれているところがすごく好きでした。

 自分で選んで読んだものでいうと、重松清さん。『ナイフ』などを読みました。伊坂幸太郎さんは『重力ピエロ』から入りました。それと、BL漫画もそこではじめて読み、映画化もされた水城せとなさんの『窮鼠はチーズの夢を見る』に衝撃を受けました。恋愛がメインテーマではあるんですけれど、主人公には妻がいて、その妻には妻なりの意見があったりして、それぞれの心の揺れが丁寧に描かれていくところがすごく好きでした。

 ゲームだと「ファイナルファンタジーⅩ」のストーリーが好きでした。

――どんなストーリーなのですか。

蝉谷:一人の青年が異世界に入って、召喚士の女の子と出会って、その世界のラスボスみたいな存在を倒すための旅に加わるんです。その青年は早くラスボスを倒しちゃえばいいじゃん、みたいに言うんですけれど、だんだん、ラスボスを倒すことで不幸になる人もいるとか、倒すことに対して誰かの命を犠牲にしていいのか、といった葛藤が見えてくるんです。戦略を立てるのが楽しいのもあったんですが、このストーリーはどうなるんだろうと気になって進めていったゲームでした。と言いつつ、その一方で「スマッシュブラザーズ」とかもしてましたけれど。

――それはどんなゲームなんですか。

蝉谷:まあ、どつきあいです(笑)。

――なるほど(笑)。その頃は進路や将来についてどのようなことを考えていましたか。

蝉谷:その頃も、将来の夢的なものは特に考えていなくて。中学から高校に上がる時、私はもう本当にびりっけつで上がったんです。中学3年の夏頃に「あなたは上にはいけないから」みたいなことを言われ、「いやいやいや!」となって(笑)。そこから、ものすごく副教科に力を入れたんですね。数学とか英語ではもうみんなに太刀打ちできないから、家庭科とか美術に全ての力を注ぎ込んで、やっとこさ高校に上がって、もう上がれたからいいやって、あんぽんたんになりました(笑)。本や演劇は好きだったので、どこかの大学に行って、出版社に入るか演劇関係の裏方の仕事ができたらいいやくらいのことは思っていましたが、頭がカラカラになっていたので、自分の将来について深く考えてはいませんでした。

――演者だったのに、舞台に立つ側になりたいとは思わなかったんですか。

蝉谷:なかったです。その界隈にはすでにすごい人たちがたくさんいるので、自分はそういうところに立つ人間ではないと早々に気づきました。ただ、大学では演劇ができたらいいなと思っていたので、演劇系が強い早稲田大学を候補に考えたりはしていました。

歌舞伎の再発見

――そして早稲田大学に進学して。一人暮らしが始まったのですか。

蝉谷:大学の寮に入ったんです。一人部屋は与えられたんですけれど、同じ階に同学年の友達がいるという環境でした。

 学部は文学部で、途中でコースを決めるんですが、私は演劇映像コースを選びました。

――演劇サークルには入ったのですか。

蝉谷:ちゃんとした劇団サークルに体験入部したら、ものすごく厳しくて、もうすぐに「走れ」みたいな感じで。高校まで甘々でやってきた私はついていけなくなって、それっきりでした。なので、大学時代は講義に没頭していましたね。興味のある講義を全部とりました。

 そのなかの講義で三島由紀夫の『真夏の死』の一部を読む機会があって、なんて美しい文章を書くんだという衝撃があり、そこから文豪といわれる人たちの小説を読むようになりました。三島由紀夫は『真夏の死』や『春の雪』が好きです。

 それから、江國香織さんや森見登美彦さんも読みました。それと京極夏彦さん。『姑獲鳥の夏』にはハマりにハマって、当時出ていたものは貪るように読みました。

――改めて歌舞伎の面白さに気づいたのも大学時代だったそうですね。

蝉谷:たしか大学1年生の時に、児玉竜一先生の歌舞伎研究の講義をとったんです。歌舞伎はまあ興味あるからとろうかな、というくらいの軽い気持ちでしたが、その講義がめちゃくちゃ面白かったんです。児玉先生はすごくお話がお上手で、歌舞伎の歴史や演目の筋もご説明もされるんですけれど、江戸の役者がどういう生活をしていたとか、役者たちの芸談なんかもちょいちょい資料として入れてくれるんですよね。「この役はどのような気持ちで演じるべきか」などと役者が話した芸談が残っているんです。役者の日常の話では、坂田藤十郎なんかは米もわざわざ京都から取り寄せて、水もいいものしか飲まなかった、という話を教えてくださって。
そのなかでいちばん面白かったのは、女形は普段も女性の格好をして女性として過ごしている、という話でした。自分もちょっと演劇をやってきたので役に自分を近づける感覚はわかるんですが、それを日常生活からやってしまうなんてどんな人たちなんだろうと思いました。

――ああ、演目だけでなく、江戸の役者に興味を持ったのですね。

蝉谷:そうです。自分と役者とでは全然違いますが、私も小学生の頃からずっと競うことが頭の片隅にあったので、役者たちの野心とか嫉妬とかそういう業の部分に惹かれたというか。

 それに、私も中学の時からアイドルにはまって、嵐が好きだったりしたんです。なので当時の女の子たちが歌舞伎役者たちに熱をあげて、着物に役者紋を入れたりしているところも「同志だ!」と感じたりして、それも興味がわくところでした。

 そこから時代小説も読み始めました。江戸時代のものがメインでした。最初は松井今朝子さんの江戸時代の歌舞伎の話などを読み、朝井まかてさんを読むようになり、宮部みゆきさんを読むようになり。

――そして歌舞伎を研究テーマとして選んでいった、と。

蝉谷:演劇映像コースの中には現代演劇や映画のゼミもあるんですが、私は児玉先生の歌舞伎ゼミに入りました。そこから自分でいろいろ調べるようになり、また歌舞伎を見に行くようになりました。

作家を目指す

――小説を書き始めたのはいつですか。

蝉谷:だいそれた感じなんですが、三島由紀夫を読んだ時に、私も書いてみたいと思ったんです。手慰みに書いてみるとかではなく、書くからには一生をかけてでも作家になろうって覚悟を決めて、そこから書き始めました。

 最初は現代ものをいっぱい書いていたんですけれど、新人賞に応募しても箸にも棒にもかからず。時代小説も書いてみようかとも思ったんですが、こんな難しいもの書けるかっていう...。でも、現代小説を書く時、だんだん賞を取るためのものを書くようになってしまったので、一度ちゃんと好きなものを書こうものを書こうと思い、また時代小説にチャレンジしました。

――一生かけても作家になろうと決意されたとは、それほど三島の文章が衝撃だったということなのか...。

蝉谷:そうですね。一時期、銀行の暗証番号を三島の誕生日にしていました(笑)。

――お話うかがっていると、「これだ」と思ったものに向かっていく時の集中力がすごいですよね。

蝉谷:なにかをやるなら、ちゃんと結果が出るまでやらないと自分を許せない、みたいなところがあるかもしれません。はまるととことん行ってしまうタイプで、自分で納得できるところまで行かないと、途中で挫折は許されないっていう。と言いながらも、演劇は早々に辞めているんですけれど。

――デビュー作『化け者心中』の原型も学生時代に書かれたものだそうですね。文体とか用語とか、最初に時代小説を書く時は大変だったのではないかと。

蝉谷:好きなものに関しては労力をかけられるタイプなので。大学の図書館がすごく役に立ちました。文学部の図書館と早稲田キャンパスの図書館、それと演劇博物館というところがあって、置かれている本が違うので、それを全部さらいました。早稲田にある歌舞伎関係の本は全部読んだと思います。ただ、知識が江戸の歌舞伎に特化しているので、違う時代の小説を書くとしたら一から勉強し直さないといけないです。

 小説と並行して卒業論文を進めていたんですが、卒論のテーマが文化文政時代の大阪の役者と江戸の役者の違いだったんです。もう、小説のためにいろいろ調べた資料をもとに卒論を書いたっていう感じです(笑)。なので小説には大阪と江戸とどちらが上か、みたいなところも入っています。お笑いも好きだったので、大阪の笑いと江戸の笑いの違いといったところも入っているかもしれません。

――あ、やはりお笑いはお好きでしたか。

蝉谷:やっぱり大阪人なので、土曜日のお昼はテレビで吉本新喜劇を観ていました。M-1がある日は絶対にテレビの前で正座で(笑)。コントも漫才もどちらも好きで、コントは世界観をきっちり作る方々がいるので、すごく勉強になります。なかでもインパルス、東京03、さらば青春の光は繰り返し同じネタを見たりしています。

 和牛の追っかけもしてました。プレゼントを持って劇場に行ったり、地方までツアーに行ったりしていました。

――そうだったんですか。ところで江戸歌舞伎の資料というのは、演目や風俗のほかに、役者評判記とかもあったのですか。

蝉谷:あるんです。役者評判記をまとめた全集みたいなものがたしか10巻くらいあるんですよ。それは図書館のなかでも地下のそのまた地下の結構コアな場所にあります。

――好きな歌舞伎の演目というと。

蝉谷:やはり女形が好きなので、『おんなの女房』にも書いた「祇園祭礼信仰記」ですね。玉三郎さんの雪姫をはじめて観た時に、とんでもなく艶かしくて痺れました。

――他の古典芸能も参考にされましたか。

蝉谷:浄瑠璃の演目から歌舞伎に落とし込んだものも多いので、それを書く時は浄瑠璃のほうにもあたります。

 落語はよく聞きます。江戸の歌舞伎の台詞回しとか義太夫の言葉がちゃんと残っているので。落語は「孝行糖」が好きですね。「死神」のような深い噺とかではないんですけれど、孝行糖を売り歩く時の口上がすごく好きなんです。耳に馴染んで、ただただ聞いちゃうというか。
 小説を書く時も、自分で音読はしないけれど、読み上げた時にどう聞こえるかは結構大事にしています。だから参考のためにゲーム実況なんかも聞くんです。私が好きなのは「ナポリの男たち」という4人グループで、顔を見せずに声だけなのに、ひとりひとりキャラが立っていて、すごく個性がわかるコメントをされる。まあ大学時代友達があんまりいなかったので、実況を聞きながら自分も一緒に参加しているつもりで一人でゲームをしていたっていう名残かもしれません(笑)。

デビュー後の快進撃

――卒業後は、広告代理店に就職されていますよね。

蝉谷:はい。書く環境が整えられるかと考えて、早稲田に近いのもその会社を選んだ理由の一つでした。卒業生も図書館は利用できるので、通いやすい場所がよかったんです。

 みなさん優しくて、すごくいい会社だったんですけれど、ちょっと忙しくて書く時間が確保できなくて、それで転職し、早稲田大学の職員になりました。

――職員になったらなおさら図書館が使いやすいですよね。

蝉谷:そうなんです。卒業生は図書館を利用できるけれど本を借りることができない。でも職員は借りることができるんです。それはやっぱり大きいです。

 執筆の時期などには仕事をした後、そのまま夜7時か8時くらいに図書館に行って学生の中に1人紛れ込んで10時くらいまで原稿を書いています。土日も図書館に行っています。

 大学の職場でもみなさん優しくて、「執筆頑張ってね」みたいな感じで、ありがたいです。

――転職をしてから『化け者心中』を書き上げて投稿、2020年に小説野性時代新人賞を受賞してデビューを果たされた。引退した稀代の女形、魚之助と鳥屋の藤九郎が、座元から依頼を受けて役者のなかに紛れた鬼を探すという話です。

蝉谷:大学時代に書いたものが原型ですがその時は全然書けてなくて、その後、歌舞伎役者が主人公の別のものを書いても全然駄目で、もう一回掘り起こして書いたのが『化け者心中』でした。大学時代に書いたもののほうが、もうちょっとあやかし寄りでした。

――魚之助にはモデルがいるそうですね。

蝉谷:私が書いたのは文化文政の頃の話ですが、それよりも後の明治期に三代目澤村田之助という役者がいたんです。舞台で宙乗りの最中に落下して、その怪我が元となった脱疽で手足を失い、それでも舞台にも立ち続けていたという名女形です。

――魚之助は客に手足を切断されており、藤九郎が彼を介助する。探偵と助手というバディ関係ですが、今までおうかがいしてきたなかでは、そういうミステリは出てこなかった気が...。

蝉谷:学生時代、映画好きの友達から教えてもらって観たBBCのドラマ「シャーロック」に夢中になった時期があって。『陰陽師』もバディものかなと思いますが、ちゃんとしたミステリのバディものとしては、「シャーロック」の影響が多分にあります。

――ベネディクト・カンバーバッチがシャーロック・ホームズ役だったドラマですよね。

蝉谷:そうです。「シャーロック」のカンバーバッチにはまり、来日した時は大学を抜け出して空港まで1人で観に行きました。3時間くらい待って1分見て終わりました。

――嵐のファンだったり和牛の追っかけだったり、カンバーバッチにはまっていたり、意外な面が続々と見えてくる(笑)。

蝉谷:なので江戸歌舞伎も、役者よりもひいきの人たちの心情に通じ合うものがあるというか(笑)。当時の女の子たちも、こんな感じだったのかなって思うんです。

 私は嵐の大野君が好きで、東京に来た時に「一目見てみたい!」と思って大野君のドラマのエキストラに応募したんです。そうしたら違う俳優さんの登場シーンのエキストラだったので、もう1回応募しました。その時は撮影にならずその場で解散になっちゃったんですけれど、歩いていく大野君は見えたんです......というような経験は、『化け者心中』のひいきたちの心情の描写に役立ったと思いたいです。

――あはは。その『化け者心中』が大変な評判になり、日本歴史時代作家協会賞新人賞や中山義秀文学賞を受賞して。

蝉谷:現代ものを書いていた頃、「作家にならねば」という思いが強すぎて、応募する賞を決めたら過去の選評を読み込んで、その好みに合うように書く、というようなやり方をしていた時期があったんです。それをやめて好きなものを好きなように、出し惜しみせずに書こうと思ったのが『化け者心中』だったので、この先も、そういうところは忘れずに書いていこうと思っています。そのせいで締切が死ぬほど遅れたりして......。

――前も「自分は書くのが遅い」とおっしゃっていましたよね。執筆の際、どの部分に時間をかけるのですか。プロットづくりとか推敲とか。

蝉谷:全部なんです。私はプロットを1から10まで作らないと書けないタイプで。プロットができた後も、地の文も台詞も、120%で書きたいんです。たとえば、登場人物が筆を持つ場面があるとして、どう持つかはその人の心とか性格とかですごく違ってくるので、どう描写するのが一番いいのかを結構考えてしまうんですね。作家はみなさんそうだと思うんですけれど、私は頭の回転が遅いために、時間がかかっちゃうんです。ただただ筆が遅くて不甲斐ないです。

――第2作の『おんなの女房』は、普段も女性として暮らしている女形に嫁いだ女性が主人公です。時代小説で描かれる女性って男性を支えるだけの存在になりがちですけれど、この作品もそうかと思わせて違いますよね。そこが新鮮でした。さきほど役者評判記の話も出ましたが、当時、役者の女房の評判記もあったそうですね。

蝉谷:はい。役者の女房の評判記は作中にも出てきますけれど、顔が可愛いとか背が高いとか、夫の面倒を見ているかどうかといった、俗っぽい、ゴシップのようなところで評価されているんです。でも書かれた女房は絶対になにかしら思っていただろうから、そこをきちんと描こうと思いました。時代小説や歴史小説って、やはり当時の社会が実際そうだっただけに男性優位のものが多いですが、その社会の中にたしかに存在していた女性たちの姿を無視したくないなという気持ちがありました。

――これがまた大評判となり、野村胡堂文学賞を受賞し、山田風太郎賞と吉川英治文学新人賞の候補にもなって。歴史・時代小説の新たな書き手として期待が寄せられていると思いますが。

蝉谷:書いている間は、ちゃんと時代小説として成り立っているのかどうか不安です。その時代の世界観に合うようにいろいろ調べて書いているつもりではあるんですけれど、私のせいで時代小説というものが湾曲して見られてしまったら嫌だな、って。これまで脈々と受け継がれてきた時代小説の流れがあるのに、私のせいで「ふうん、時代小説ってこういうものか」と思われたりして迷惑をかけたくない、という気持ちが強いです。

――「作家になったる」と思ってなって、こんなに評価されているのに。有頂天にならないタイプですね。

蝉谷:消えたくないっていう気持ちが一番強いので。迷惑もかけたくないし、消えたくもないっていう、我儘者です。小説を読むといつだって様々な角度から打ちのめされるし、すでに素晴らしい作品がたくさんある中で私が書く意味はあるんだろうかと考えてしまう。みなさんに追いつくために一生かけて頑張っていかなきゃなって思っています。命尽きるまで勉強あるのみです。
 なので最近はやはり、趣味の読書よりも資料を読むことが多いですね。

――それでも、趣味の読書で好きだったもの、面白かったものはありますか。

蝉谷:私、岩井圭也さんのことはデビューする前から追っていたんです。いろんな新人賞の最終選考に名前が載っていて、この方なんてすごいんだろうと。岩井さんが小説野性時代新人賞を受賞した『永遠についての証明』を読んで衝撃を受けました。自分も小説野性時代新人賞に応募しようと思っていたけれど、もう絶対無理じゃん、って。

――数学がモチーフの作品でしたよね。岩井さんはデビュー後も次々と新刊を出されて、しかも毎回題材がぜんぜん違うっていう。

蝉谷:そうなんですよ! 岩井さんは刊行スピードが早いし、書かれるものは全部ジャンルが違うし、そして当然のごとくに面白いし。新刊の『完全なる白銀』なんて女性が主人公の山岳青春ミステリ小説ですよね。

 岩井さんが受賞された2年後に私も小説野性時代新人賞でデビューして後輩になったのでいろいろ話しかけてくださるんですけれど、岩井さんを追いかける身にもなってください、という気持ちです。尊敬してます。

――さて、今後の刊行予定は。

蝉谷:今は『化け者心中』の続篇にとりかかっています。書いた時は続篇のことを考えていなかったので、どう書くか悩んでいるところです。今年の夏には出す予定です。

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