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【谷原章介店長のオススメ】畠中恵「猫君」 楽しい江戸ファンタジーにある奥深さ

谷原章介さん=松嶋愛撮影

 大好きなファンタジー小説「しゃばけ」シリーズで知られる畠中恵さんが、柔らかくて、温かみを感じられる時代小説を書き上げられました。『猫君』(集英社文庫)は、この春、中学校に上がるぐらいの子どもたちでも、楽しんでページをめくれる物語です。新しい年度の始まる時期、「本を読むことに慣れていない」という方にもご紹介したい一冊です。

 舞台は江戸。主人公は茶虎の猫で、その名を「みかん」といいます。江戸の遊郭・吉原で暮らすみかんは、ある日、病に伏せる育ての親・お香から、「猫又(ねこまた)」のことを聞かされます。「猫又」というのは、言葉を話すことができ、人間の姿に化ける「妖(あやかし)」のこと。みかんは、もうすぐ20歳になろうとしていましたが、お香さんと、いつしか話ができるようになっていたのです。

 お香は、みかんに、こう告げます。

「みかんはね、猫又になりかかっているんだと思う。猫は、二十年以上生きると、猫又という妖の者になるそうだよ。(中略)だからね、みかん。ちょいと早いけど、お前、この家を出なさい」

 猫又は、時を超えて長く生き延びられるいっぽう、祟(たた)りがあるとも言われていて、育ての親が病気になったのは、みかんのせいだと周囲に見られてしまう。周囲から捕まえられる前に、家を出るように、お香はみかんに勧めるのです。

 みかんは、最初嫌がります。

「みぎゃっ? いやだ。われは、香さんから離れないから」

 それから一月後、とうとう、お香は亡くなります。布団の傍らで、必死になってお香の名を呼ぶみかんを、いつも来ている小女が目の当たりにし、仰天します。

「この猫、今、喋ったよね? やっぱりみかんは、猫又になってたんだ。(中略)お香さんが、猫又に取り殺されたっ」

 みかんは、お香に言われた通り、その場から急いで立ち去ることに。逃げるみかんと、「お香を取り殺した」と思い込んで、みかんを追いかける人たち。あわや、という瞬間、みかんは先輩猫又の加久楽(かぐら)に匿われます。加久楽は、みかんを迎えに来た猫又の先輩「兄者(あにじゃ)」。みかんは、猫又の世界について教わることになります。

 いわく、江戸に6つ、猫又の「陣」があって、そのうち4つが「男陣」、2つが「女陣」であること。みかんのような新人の猫又たちが集まって、猫又のイロハを学ぶ学校「猫宿」が江戸城の城内にあること。その猫宿の「長(おさ)」は、6つの猫陣を取りまとめる存在でもあること。そして、猫又たちが現在のように栄えるきっかけをつくった伝説の英雄「猫君」が、このところ出現した、との噂が流れていること――。

 そもそも猫陣を作る背景や、それぞれの陣が揉めている様子が、間接的にすこしずつ描かれていて、その先に広がっているであろう、畠中さんの世界観の奥深さを想像します。かわいらしくて、聡明なみかんのほか、同輩の猫又には、おっちょこちょいの「ぽん太」、女陣出身の白花、鞠姫など、魅力的な猫又たちが登場します。特にぽん太は、愛嬌たっぷりで、読んでいてイメージが沸きやすい。読んでいると、愉快な気分になってきます。

 最初、イヤなやつとして登場する数匹の猫又たちも、いつの間にか、みかんと意気投合し、行動を共にするようになっていく。あたたかな視線でつむがれる心象の変化の描写に想像をめぐらせるような時間が、読み進めるうちにあって、独特な気持ちになります。

 それからもうひとつ、猫宿の長と、猫宿で新人猫又たちに猫術を教える和楽(わらく)の2人には、じつは、とんでもない過去があります。「妖もの」がとても得意な畠中さんですが、この「因縁の」設定には、思わずのけぞってしまいます。2人の過去を知ったあなたは、日本史の教科書の読み方が変わってしまう! ……かも知れません。

 そして、伝説の「猫君」とは――。この物語は、みかんが中心となって、江戸の世界で起こる数々の試練に、仲間と共に立ち向かっていくお話。ぜひとも続編を待ちたい一冊です。とある調査によると、数年前から、日本では猫を飼う人が、犬を飼う人よりも上回っているそうです。猫は、犬と違って、勝手気ままなところが魅力であったりしますよね。猫ブームの今、ちょっとツンデレな妖の猫たちが巻き起こす物語には、人間世界とはまた違った魅力を感じる方も多いでしょう。小学校高学年ぐらいから読めるはずなので、子どもたちに時代小説の魅力を知ってもらう入り口になったら、とも思います。

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 猫の物語と言えば、山村東さんの漫画『猫奥』(講談社)もぜひ。江戸城の「大奥」に仕える滝山は、女中の多くが猫を飼っているのに、猫を飼っておらず、周りからは「猫嫌い」だと思われています。ところが、本当は猫がとってもとっても大好き。滝山は、猫を触ってみたいけれども、「嫌い」と言っている手前、他人の前でかわいがることができません。そんな懊悩を描いた、コミカルでかわいらしいお話です。

(構成・加賀直樹)