タクシー運転手の松井さんは様々なお客さんを乗せ、走り続けてきた。子ギツネ、タヌキ、クマやネコ。海の中も空高くへも、どこまでも走っていける。
「長生き冥利(みょうり)ね。私は91歳よ。大人になれないだろうというぐらい、子どものころは病気ばかりしていたのに」と、あまんさんはほほえむ。本をたくさん読み、本の世界から喜びをいっぱいもらった。それが書くことのおおもとにある。
連作短編集の「車のいろは空のいろ」は1968年に発刊され、14年後に続編が刊行、2000年に3冊目が出て、北田卓史さんの絵による全3巻シリーズで長く親しまれてきた。
今回収められた不思議な物語は7編。山で春を見つけたよと知らせてくれた子どもたち(子ギツネ)のもとへ「春のしゃしん」を撮りにいく新聞記者の話もあれば、戦争中に別れた愛犬のジロウと飼い主の男の子が再会する話もある。
「うちにも犬がいたの」。あまんさんは子どものころ、旧満州・大連で暮らしていた時にセッターのロンとレオを飼っていた。「戦時中で人間も食べられないなか、犬を飼うのはよくない時代だったのね」
ロンはひとにもらわれていった。あまんさんはベランダで泣いた。レオはひっそり死んだ。引き揚げる10日前だった。「レオはちゃんとわかっていたのかもしれない」
あまんさんは戦争を題材にした童話を手がけてきたが、このシリーズにも戦争にまつわる物語が入っている。「戦争が私の体の中にあるの。人生の年輪の芯に、少女期の戦時中のことがあるんですね。だから書かずにはいられない」
あまんさんは願う。幼年期は戦争などにさらされず、この世の光を存分に浴びてほしい。もう少し大きくなったら、よその国では大変なことが起きているんだと、ひとしずくの思いをはせてほしいと。
「戦争をするのは大人なのよ」。その影響は子どもたちにとってどれほど大きいことか。
「人生というのは、光の中を歩くこともあるし、陰の中を歩くこともある。子どもも大人も、光の中にいる時、ちょっとだけ陰のことも思ってほしい。陰を歩いている時は、光の世界が絶対あると思ってね」
タクシー運転手の松井さんはどんなお客さんも気持ちよく乗ってもらう。亡くなった人をしのんで、夢の中へも行く。融通無碍(むげ)な世界だ。
「私は運転免許を持たなかったの。実際に運転できないからかしら、物語では自由にハンドルを切ってどこへでも行けるんです」とあまんさんはにこにこ。
病弱で家の布団で寝ていた子ども時代。窓から見えたのは広い空だった。
「空の絵本をずっと見ていたのね」。空のいろのタクシーを運転して、これからも松井さんは走る。子どもたちの幸せを願う、あまんさんの思いを乗せて。(河合真美江)=朝日新聞2023年3月29日