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「女の子たちと公共機関」書評 戦争へと至った国家の内側とは

評者: 山内マリコ / 朝⽇新聞掲載:2023年04月01日
女の子たちと公的機関 ロシアのフェミニストが目覚めるとき 著者:ダリア・セレンコ 出版社:エトセトラブックス ジャンル:欧米の小説・文学

ISBN: 9784909910172
発売⽇: 2023/02/24
サイズ: 19cm/121p

「女の子たちと公共機関」 [著]ダリア・セレンコ [絵]クセニヤ・チャルィエワ

 ロシアのプーチン大統領はキャッチーなまでの男らしさで、日本のメディアでも随分もてはやされてきた。しかし昨年2月、その男らしさの行き着く先が戦争であることを我々は目の当たりにする。戦禍を被るウクライナが日常的にニュースに流れる一方、ロシアはどうなっているのか。侵攻前に発表された本書は、戦争へ至ってしまった国家の内側を静かにさらす。
 堅いタイトルは専門書の趣だが小説である。主人公はロシアの公的機関=図書館や美術館で働く女性。名前はない。“個”ではないのだ。人文系の大学を卒業して国営の文化施設に就職した女性たちは、薄給で雑務をこなす。時には国のイベントにサクラとして動員されたり、行事を実施したふりを報告書にまとめたり。汚職が横行し、偽造は日常茶飯事。でたらめな機関を下層から支える女性たちを、「女の子」という集団的な存在として描き出していく。
 興味深いのが彼女らの身体感覚だ。血、胃袋、手足。自分と他者の見分けがつかないほど融(と)け合う奇妙な身体性は、全体主義的な独裁国家の末端で安くこき使われる女性の集団、という状況を生生しく喚起する。
 とはいえ、読むのに身構えるような本ではない。百ページに満たない中編でカラーの挿絵付き。抑圧も、やがて彼女たちに訪れるフェミニズム的覚醒も、どこかクールに、抑制された筆致で綴(つづ)られる。そこに現代ロシアの空気感がにじむ。
 状況をストレートに書けば世に出せなくなってしまうおそれがあるのだろう。詩人でもある著者は、自身の労働体験を基にしつつ、「女の子」と抽象化することで淡々と編む。その分、序文やまえがき、あとがきで丁寧に補足説明がなされ、ここ数年のロシアの動向がくっきりと浮かぶ。
 閉ざされた彼(か)の国への門戸を開く1冊だが、書く方は命懸けだ。著者は反戦活動を弾圧され、現在ジョージアに出国中である。
    ◇
Daria Serenko 1993年、ロシア生まれ。フェミニズムの詩で脚光。国立文化施設を経て人権や反戦活動も。