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「アイヌの時空を旅する」書評 歴史を追体験する紀行・文明論

評者: 保阪正康 / 朝⽇新聞掲載:2023年04月15日
アイヌの時空を旅する 奪われぬ魂 著者:小坂 洋右 出版社:藤原書店 ジャンル:社会・時事

ISBN: 9784865783773
発売⽇: 2023/01/27
サイズ: 20cm/347p

「アイヌの時空を旅する」 [著]小坂洋右

 著者は、長年にわたりアイヌ民族の生活、伝統文化、心情などの伝承に努めてきたジャーナリスト。本書はさらに一歩進んでアイヌの人々の生活空間や旅の道筋を追体験した異色の紀行評論である。
 カヤックやカヌー、あるいはスキー登山などで知床半島、石狩低地の川渡り、北海道内の山岳部などが実体験される。歴史を縦横に往来しながらの筆の運びは、重大な事実を読者にいくつも伝えてくれる。
 例えば、和人の横暴に立ち上がったアイヌの戦いは歴史的には3回に及ぶ。15世紀のコシャマインの戦い、1669年のシャクシャインの戦い、そして1789年のクナシリ・メナシの戦いだ。このクナシリ・メナシを以(もっ)てアイヌの抵抗は止(や)んだと理解されてきた。しかし、文化、言葉、儀式も奪われた「最後の決起」と位置づけることで、大事なことを見えなくさせられてきたのではと著者は鋭く指摘する。
 今なお続く慰霊の儀式はどう再現されたのか。著者はそのような場にも向かい、確かめる。アイヌの人たちに伝承されている伝統的な考え方も、現代日本社会の教訓につながるとの姿勢は重要な史眼である。
 北海道南部・八雲町(やくもちょう)のアイヌにとっては、遊楽部岳(ゆうらっぷだけ)の頂上は侵してはならない聖域である。当然、森は守られる。大地を乱開発する現代社会は聖域を持たぬ開発優先となる。
 また、アイヌの英雄叙事詩(ユーカラ)は古代ギリシャの作品に匹敵すると見たのは、言語学者の金田一京助である。叙事詩は実際に起こった出来事がベースにあるという説と、説話であるとの両説で論争が続いている。著者自身は詩の内容を聞いて、アイヌの居住域や交易範囲には存在しない地理的世界が盛り込まれていることを確認し、伝承がリアリティーを持つ不思議さを感じるという。
 著者の研究と実践を合体させての論旨は、説得力のある文明論でもある。
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こさか・ようすけ 1961年生まれ。北星学園大非常勤講師。元北海道新聞記者。『アイヌを生きる 文化を継ぐ』など。