ISBN: 9784766428476
発売⽇: 2023/03/30
サイズ: 19cm/385p
「なぜ男女の賃金に格差があるのか」 [著]クラウディア・ゴールディン
女性というだけで、やりたかった仕事や生活をあきらめたことがある読者、身の回りにそういう女性がいたことがある読者は多いだろう。こんな体験は社会正義に悖(もと)るという考え方が広がってきてはいるものの、日本の現状は厳しい。しかし、女性にとって厳しい現状は何も日本だけの専売特許ではなく、市場経済の権化、世界経済の牽引(けんいん)車たる米国でも同様だ。つまり市場競争や経済成長が解決するという素朴な話ではない。
米国労働経済学・経済史学の碩学(せきがく)たる著者の、2014年の米国経済学会会長講演はこの問題に正面から取り組み、業界では知らぬ人がいないといってよいくらい有名になった。本書は、この講演の材料をさらに充実させ、パンデミック後の最新の情勢を付け足して21年10月に出版された著作の邦訳である。
著者が女性のキャリア形成の障害を分析するときに注目するのは、実は研究者やMBA(経営学修士)取得者、弁護士など米国社会の「エリート」である。エリート職種ほど能力や結果で評価されるのだから、差別はないはずだと単純に考えてしまう人は少なくないが、現実はむしろ逆だ。日本だけではなく米国でも、報酬が高いエリート職種ほど男女格差が大きい。もちろん、本書も、男性側の差別的意識やそれを体現した制度、女性側がもってしまう規範意識も重要な要因として否定しない。しかし、過去の人々の努力を振り返ることで、いかに女性のおかれている立場や意識が変化し、障害が軽減されてきたかを示し、それにもかかわらずなぜ現在でも格差が残り続けているのかを浮き立たせる。エリート職種にうめ込まれている「業務構造」こそが原因だとするのが本書のハイライトだ。
医師や弁護士のように休日夜間を問わず常に顧客に対応し、業務を細切れにせず長時間連続させることでより高い利益を得るこの構造(日本ではなぜか「働き方」と呼ばれる)は、本質的に家庭生活と両立しないと著者は言う。薬剤師など、ICT(情報通信技術)によって複数で切れ目なく業務をシェアできるようになった職種では男女格差が劇的に改善されたという例も説得的だ。パンデミックに際してリモートワークが導入され一定の定着がみえることも含め、著者は技術革新による業務構造の変革に格差解消の期待をかける。
仕事そのものの設計変更という経営陣の判断こそが、男女格差の解消には重要という主張は、法律や被用者個人の意識、雇用慣行に問題を還元しがちな日本社会にとって真面目に受け取るべきメッセージだろう。
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Claudia Goldin 米ハーバード大教授。経済史家、労働経済学者。米経済学会、経済史学会会長を歴任。米科学アカデミー会員。研究テーマは女性の労働力、所得の男女格差、技術革新、教育、移民など。