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「こころを旅する数学」書評 何となく考えると何かを感じる

評者: 石原安野 / 朝⽇新聞掲載:2023年05月13日
こころを旅する数学 直観と好奇心がひらく秘密の世界 著者: 出版社:晶文社 ジャンル:数学

ISBN: 9784794973580
発売⽇: 2023/03/24
サイズ: 19cm/449p

「こころを旅する数学」 [著]ダヴィッド・ベシス

 数学も、私の専門である物理学と同様、好き嫌いが大きく分かれる学問である。「私は数学が苦手なんです」とまず初めに宣言をして、近寄らせまいと防御線を張る方も多い。デカルトは、「数学における主な障害は心理的な拒絶反応である」と示したという。一度考えてほしい。あなたがキライなのは数学という学問ではなく、なぜか「実際には理解できていないのに、自分はそれを理解している」ふりをしないと屈辱を感じる、そのことなのではないだろうか。それでは確かに、数学を好きにはなれまい。
 人間は赤ん坊のころから多くのブレークスルーを起こしながら能力を向上させる。ハイハイができ、歩けるようになることは、身体の運動であると同時に、世界の見方が大きく変わる脳の再構成も伴う。数学的直観も、失敗を繰り返したのちたどり着く、ものの見方の転換であり、脳の再構成である。例えば、形合わせパズルが初めてできるようになったとき。数学的直観は「形」という概念をもたらした。そこに、著者は数学が得意になるためのヒントを見出(みいだ)す。
 数学を好きになるには心理的な障害を取っ払うことだ。それには、成長期の子供のようにふるまうのが良い。自分にはできないという恐れは忘れ、できるかできないかわからないけれど何となく試したり、思い浮かんだくだらない質問を遠慮せず投げかけたりしてみる。効率など考えない。本書は、子供を数学嫌いにしないための示唆に満ちている。「転倒を恐れることと歩行を恐れることは同一」なのだ。
 数学好きに必要なのは、わからないことを楽しむ心だ。例えば、「無限」について。何となく考えているとそのうちに何かを感じる。そのイメージを文章化するのは、たとえ数学者であっても難しいのであるが、まずは直観の世界へ。本書を片手に一歩踏み出してみるのは如何(いかが)だろうか。
    ◇
David Bessis 数学者。フランス国立科学研究センター研究員を経て、人工知能を専門とする会社を経営。