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性教育のいまを考える 自分と身近な人を大切にする 助産師・シオリーヌ

体操服姿の子供たち(記事や書籍とは直接関係ありません)

 むかし知人の男性から「“性教育”とか言ってる人って、正直口説きづらいんだよね」と言われたことがある。その言葉には、性教育は特別に意識の高い人が取り組んでいるもの。自分がこれまでヨシとされてきた振る舞いをしているつもりでも、そうした意識の高い人からなにか怒られそうだ。性の話なんてわざわざ話さなくても、察し察され上手(うま)くやってきたのに、改まって言葉に出して伝えようだなんてなんだか野暮(やぼ)じゃないか。というような思いが込められているような気がした。

 この男性と同じように感じている人は、この社会にたくさんいるのではないかと思う。そしてそういった方にこそ届くことを願って、私は今この原稿に向き合っている。性教育は、あなたにも絶対に関係のあることだからだ。

 ここ数年の、いわゆる「性教育ブーム」の火付け役となったとも言われる『おうち性教育はじめます』は、性教育とはなんたるかを学ぶのに最適な入門書だ。性教育への抵抗感をもつ方の多くにある「性教育=性行為教育」という誤解を、本書はやさしく解きほぐす。“性教育は「いのち・からだ・健康」の学問。(中略)これからの世の中を生きていく人格を育てるのに必須の「教養・知性」なんだ”と語られるように、自分自身の身体(からだ)をもって他者と関わり合いながら、健康に安全に生き抜こうとするときに欠かせない基礎知識を詰め込んだ本書は、性教育に無関係の人など一人もいないことをやさしく示す。

傷つけ続けるか

 性のあり方やジェンダーについての学習ももちろん性教育に含まれるのだが、これらについてもなかなか理解が難しいと感じている方は多い。「最近は難しい時代になったから、話すのにも気を遣(つか)う」といった声を耳にしたり、自分が言ったことがあったりする方も多いだろう。「難しい」と感じられるのは、素晴らしいことだと思う。だってそれは、身近な人をなるべく傷つけたくないという思いの表れに他ならない。自分や身近な人を大切にするコミュニケーションの方法は、性教育が教えてくれる。

 『マンガでわかるLGBTQ+』は、性のあり方について初めて学ぶ方にぜひ手に取っていただきたい一冊だ。さまざまな性のあり方を持って生きる人たちの体験したエピソードを中心に構成された本書を読んでいるうちに、自然と自分の交友関係を振り返っていることに気づく。「あの子に言ったあの言葉、傷つけていたかもしれない」「あの人ももしかしたら嫌だったのかな」。そうした反省と向き合う時間は少しのしんどさを伴うものだが、気づかない間に身近な人を傷つけ続けて生きていくよりずっといい。

フツーに大事な

 ジェンダーという言葉がとっつきにくく感じる方には『ヘルジャパンを女が自由に楽しく生き延びる方法』をおすすめしたい。本書に収録された“ジェンダー知らなきゃヤバい時代がやってきた”というコラムシリーズは、架空の“モブおじさん”と著者との対話形式で気楽にジェンダーを学ぶことができる。ジェンダーやフェミニズムといった偏見を向けられることも多いトピックを扱いながらも、気づけば笑い声を上げてしまうような軽快な文体は、初めて性教育にふれようとする方にとって心強い味方となるだろう。

 私たちの身体や人生は、私たち自身のもので、自分の身体や人生について決める権利は、自分にしかない。そんな当たり前のことも実感するのが難しい世の中で、性教育を学ぼうというのは、バランスのよい食事を食べようとか、ほどよく運動をしてよく眠ろうとか、そういうレベルのフツーに大事な話なんだと思ってもらえたら嬉(うれ)しい。=朝日新聞2023年5月13日掲載