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千街晶之さん注目のミステリー3冊 対決する相手、人間とは限らない

  • ゴリラ裁判の日
  • 禁断領域 イックンジュッキの棲む森
  • WALL

 ミステリーというと、緻密(ちみつ)な計画で完全犯罪を目論(もくろ)む頭脳犯と、そんな犯人をも上回る知恵を持つ名探偵との対決を思い浮かべる場合が多いだろう。しかし、探偵や警察官が対峙(たいじ)する相手が人間とは限らない(そもそも、ミステリーというジャンル自体、かなり早い段階で動物による犯行を描いていた)。時には、人間と人間以外との関係を問うようなミステリーも存在するのだ。

 須藤古都離(ことり)『ゴリラ裁判の日』の主人公「私」は、手話によるコミュニケーションで自らの感情を人間に伝達可能なローランド・ゴリラのローズである。人間同様に声を発することが可能な機械を与えられ、生まれ育ったカメルーンからアメリカに渡ったローズは、そこでゴリラのオマリと出会って夫婦になったが、愛する夫は射殺されてしまい、ローズは裁判を起こす。

 人間と変わらない思考や感情を持ち、それを表現可能なローズの一人称を読んでいるうちに、読者は彼女を人間と変わらない存在と感じ、人間に有利な裁判制度のもとで一度は完膚(かんぷ)無きまでに敗れてしまう彼女を応援したくなるに違いない。だが、そこからゴリラと人間の関係をもう一度問い直してみせる皮肉な最終章こそ、本書の一番の読みどころだろう。

 美原さつき『禁断領域 イックンジュッキの棲(す)む森』の主人公・父堂季華(ふどうきか)は、霊長類学を専攻する大学院生だ。彼女は貴重な類人猿ボノボの生態調査のためコンゴへと赴くが、調査隊一行は密林で謎の類人猿に襲撃される。

 季華の視点を通して描かれる、人間とそれ以外の霊長類の違いとは何なのかという問いは、奇(く)しくも『ゴリラ裁判の日』に通じる部分があるけれども、こちらは調査隊と凶暴な類人猿とのバトルを描く壮絶な秘境冒険小説であり、似たテーマでも書き手によってこれほどまでに印象が異なるものかと驚かされる。

 人間以外の生物が人間的な側面を持つ存在として描かれるこの二作に対し、周木律『WALL』に登場するのは人間による理解を拒む不条理な代物だ。突然、虹色に輝く半透明の巨大な「壁」が出現し、北海道から本州へと進んでゆく。この壁に呑(の)み込まれた人間はすべて消えてしまうのだが、それ以外の生物や非生物は壁と接触しても無事なのだ。日本政府は防災対策分科会を設置するが、現実を直視せず楽観論を唱える研究者もいて対策は後手に廻(まわ)り、そのあいだに犠牲者は増えてゆく。理解の及ばない怪現象を前に、人間の理性と知性はどこまで役に立つのか。「日本沈没」や「シン・ゴジラ」を想起させるパニック・サスペンス小説の本書は、怪現象を理詰めで解釈する方法を探るミステリー小説としての面も持つ。=朝日新聞2023年5月24日掲載