1. HOME
  2. コラム
  3. 売れてる本
  4. 長嶺超輝「裁判官の爆笑お言葉集」 哀愁と温かみ、願いを込めて

長嶺超輝「裁判官の爆笑お言葉集」 哀愁と温かみ、願いを込めて

 裁判官、検察官、弁護士からなる法曹三者だが、検察官は原告の、弁護士は被告人の代理人という第三者的立場。唯一、被告人と生きた言葉で対峙(たいじ)するのが裁判官だ。とりわけ判決言い渡し後、裁判長が有罪となった被告人にかける言葉(説諭)は、事件や裁判全体を締めくくる実感のこもったものが多く、語りかける側の人間性が現れる。

 説諭は必ずしなければならないものではないが、ひと声かけずにはいられなかった。本書は、裁判官の言葉を集めることで、被告人の人生がかかった現場の臨場感を浮き彫りにしている。書名には“爆笑”とあるが、著者にはふざける気などない。取り上げられているのは笑った後で考えさせられるものばかりだ。

 逆に裁判長の真剣さが笑いを誘発することもある。たとえば懲りない薬物使用者への言葉。

 「私があなたに判決するのは3回目です」

 短い中に、被告人の常習ぶりだけでなく、自分自身へのツッコミまで含まれた哀愁漂う名セリフである。裁判長も、自分の無力さを反省しているのだ。

 裁判は有罪か無罪かを判断し、前者なら量刑を決めるのが役割だと思われがちだが、それで終わりではない。有罪となった被告人が反省し、実刑ならば刑務所で罪を償い、出所後に社会復帰する。被告人が再犯することなく更生を果たして立ち直ることを裁判長は願っている。

 2007年に刊行された本書がいまなお売れ続けるのは、冷徹なイメージの強い裁判と、血の通った言葉とのギャップのせいかもしれない。

 私の気に入りは、大阪地裁の裁判長が窃盗犯に執行猶予付き有罪判決を言い渡した後の温かみのある説諭だ。たぶん、ちょっと身を乗り出しながら、裁判長はこう言った。

 「もうやったらあかんで。がんばりや」

 裁判は、人が人を裁くもの。判決だけなら下せるだろうが、こんなシンプルな言葉、AIは思いつきもしないだろう。=朝日新聞2023年6月3日掲載

    ◇

 幻冬舎新書・792円=34刷41万部。2007年刊。担当者は「昨年末に書店店頭で再び火がついた」。今年の重版は計約9万5千部。