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「ワンルームから宇宙をのぞく」書評 等身大と俯瞰 科学者の揺らぎ

評者: 石原安野 / 朝⽇新聞掲載:2023年06月10日
ワンルームから宇宙をのぞく 著者:久保 勇貴 出版社:太田出版 ジャンル:エッセイ

ISBN: 9784778318567
発売⽇: 2023/03/24
サイズ: 19cm/221p

「ワンルームから宇宙をのぞく」 [著]久保勇貴

 著者の久保さんは2022年に東京大工学部から博士の学位を授与されたばかりの若き宇宙工学者だ。中学時代は、周囲の期待に応えるべく学年トップを取り続けた。宇宙飛行士を目指し現役で東京大に入学。大学院では、はやぶさプロジェクトのリーダーをしていた先生の研究室に所属する。一見、小説の主人公のようなバックグラウンドである。しかし、本書は自伝ではない。そのような背景を持つ久保さんの心の揺らぎ、つまり「愛と夢」についてのエッセーだ。
 研究者にも様々な感情がある。愛や夢を持つということは、喜びや悲しみを感じることでもある。日々、宇宙について考え、研究に心を躍らせているのではあるが、自分を守る小さな空間から一歩出れば、夕方値引きされたお総菜に、つい心惹(ひ)かれる日常がある。そこでは、宇宙飛行士になる、という小学生の頃からの夢を叶(かな)えるために、何をすべきかさえもはっきりとはしない。そして、宇宙船の開発には常に軍事転用の可能性が付きまとう。
 このような、ときに相いれない気持ちを誰もが抱えている。しかし、気付かないふりをしてやり過ごすことが多い。ワンルームと宇宙。等身大と俯瞰(ふかん)。日常と非日常。軽々と行き来しながら語る久保さんの言葉は我々の心に入り込む。そして、普段忘れている何かを思い出させるのだ。
 人間は小さいし、地球の重力に囚(とら)われ自由に動き回ることもままならない。一科学者が生涯成し得る研究の歩幅も、現在までの科学の到達点を考えればまたとてつもなく小さく、無力さを感じる。しかし、巨人の肩にのって手を伸ばせば宇宙に手が届くところに我々はいる。
 最先端の科学と向き合う者にとって、自分の中にある愛や夢と向き合う力は大切な能力だ。忙しいし、なんか恥ずかしいから、と言って無いことにしないこと。本書を読み、自分に言い聞かせた。
    ◇
くぼ・ゆうき 1994年生まれ。JAXA宇宙科学研究所研究員。人工衛星や宇宙探査機などの制御を研究する。