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「6歳と3歳のおまけシール騒動」書評 遊びの中で見いだした幻の価値

評者: 山内マリコ / 朝⽇新聞掲載:2023年06月10日
6歳と3歳のおまけシール騒動 贈与と交換の子ども経済学 著者:麻生 武 出版社:新曜社 ジャンル:社会・時事

ISBN: 9784788518001
発売⽇: 2023/03/13
サイズ: 19cm/284p

「6歳と3歳のおまけシール騒動」 [著]麻生武

 商標の都合でぼかされているが〈ビックリマン〉のことだ。1980年代後半、定価30円のチョコレート菓子のおまけについていたシールは子どもたちの間で爆発的ブームとなった。
 30年越しの検証を可能にしているのが、心理学者の著者が当時つけていた仔細(しさい)な日誌である。息子たちの成長記録はバブル期において、ビックリマンシール狂騒曲の様相を呈する。高度資本主義社会を生きる子どもとその親の、民俗学的な貴重な研究だ。
 シールは本来どこかに貼るもの。しかしこの時代の子どもたちは、自然発生的に別の遊び方を発明した。収集し、コレクションを友達と見せ合い、交換したのだ。それは地域の子どもコミュニティが消滅した時代に逆行する形で、異年齢の子ども同士の交流を生み出していく。一家が団地に住んでいたことも大きい。所有欲の強い兄、交換自体を楽しむ弟。いくつものグループを股にかけ、商材を操る交易商人のようなミヤ君は本書のスターだ。
 子どもたちは苛烈(かれつ)なシール交換をとおして、使用価値のないモノに幻のごとき価値を見出(みいだ)した。それ自体、土地や株を転がす大人を無意識に模倣していたように思えてくる。彼らは恐ろしく鋭く大人社会を写し取りながら、大いに遊び、やがて男たちの世界に合流していったのだろう。
 著者が言及するように、本書は男児のみの研究にとどまっている。例外的に女児が登場するのが、88~89年の東京・埼玉連続幼女誘拐殺人事件。犠牲になった女児はこのシールで誘い出された可能性があるという。「兄にあげるのを楽しみにしていた」のだった。
 献身的な被害女児しかり、サポートに徹した著者の妻しかり、当時「チョコ菓子を食べる係」として兄のシール収集を後方支援していた私しかり。この騒動は女たちの犠牲的精神の上に成り立っていた気がしてならず、別方面からの研究も読んでみたくなった。
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あさお・たけし 奈良女子大名誉教授。専門は発達心理学。著書に『「見る」と「書く」との出会い』など。