ISBN: 9784635063296
発売⽇: 2023/04/03
サイズ: 19cm/267p
「クジラの歌を聴け」 [著]田島木綿子
本書の著者・田島木綿子さんは、ザトウクジラの「歌」を聴くと思わず涙が出そうになるという。
ザトウクジラのオスはメスに求愛する際、アピールのために〈ソング(歌)〉を奏でる。その音は海の中で3千キロメートル先まで届くというのだから驚く。繁殖海域では一頭のクジラが歌を奏で始めると、それを他のクジラが覚えて「流行歌」も生まれるそうだ。
著者は国立科学博物館の研究員で、普段は海岸に打ち上げられた鯨類の「ストランディング(座礁や漂着)調査」を行っている(前著『海獣学者、クジラを解剖する。』に詳しい)。最近では大阪の淀川にマッコウクジラの「ヨドちゃん」が迷い込んだことがあったが、そうした時にテレビなどでコメントする姿を見たことのある人も多いかもしれない。
本書では数々の現場を踏んできたその彼女が、様々な生物の繁殖行動の工夫や戦略の数々を丁寧に解説し、その不可思議な世界を愛情たっぷりに描いている。
〈手をパンと叩(たた)く間にもう終わっている〉というヤギの交尾、鯨類が逆子で出産する理由、アザラシが体内に睾丸(こうがん)を留(とど)めているのは何故(なぜ)か……。
イノシシ科のバビルサのオスは、求愛のために伸び続ける牙が頭に突き刺さって死亡する個体もいるとか。まさに〈命がけ〉の求愛アピールであり、一見すると「なんだこれは」と思うものにもすべて理由があるのだった。
海獣学者・獣医師としての豊富な経験と解剖学の確かな専門知に、生き物への愛情をたっぷりとふりかけた解説は分かりやすく、何より魅力的だ。
〈動物は、どんなときも「ただ、生きること」にそれはもう一生懸命である〉と著者は書く。
多様な繁殖戦略に秘められた〈生命をつなぐ〉ことの凄(すご)さを何としても伝えたい、という思いがひしひしと伝わってくる一冊だった。
◇
たじま・ゆうこ 1971年生まれ。国立科学博物館脊椎(せきつい)動物研究グループ研究主幹。筑波大大学院准教授。