「いなくなっていない父」書評 写真が問いかける「家族」「他者」
ISBN: 9784794973542
発売⽇： 2023/04/25
サイズ: ２０ｃｍ／２６３ｐ
「いなくなっていない父」 ［著］金川晋吾
著者の父親は、彼が中高生の頃にときおり失踪することがあった。ある日、父がふと家からいなくなり、しばらく行方をくらましてしまう。
その間、どこにいて、何をしていたのか。なぜいなくなったのか。理由は分からない。写真家になった著者はそんなふうに蒸発を繰り返していた父を被写体に選び、写真集『ｆａｔｈｅｒ』を発表する。
その写真集がいかに撮られ、一人の表現者として何を見つめようとしたかが綴（つづ）られる本書を読みながら、何とも言えず胸に響いてくるものを感じた。
著者の描く父親はそこに「いる」にもかかわらず、ぼんやりとした靄（もや）に包まれているようでもあり、何を考えているか分からず、ときに少し不気味でありながら、どこか不思議なおかしみをまとっている。
そこに写真という表現が介在するとき、新たな関係が立ち現れる。だが、そうして浮かび上がってくるのは、いくつもの「わからなさ」同士が混ざり合い、問いだけがぽかんと宙に浮かんでいる、という不穏さに見えた。
〈写真にはその人のありようが写ると思っている〉と著者は書く。
ここで言う「ありよう」とは、〈その都度その都度、その人自身に意識されていないものも含めて外側にあらわれているもの〉のことだという。
いつも何も言わずに家を出て行く父の不在。そのなかで、被写体として「発見」されていく父の存在。そして、写真集の発表によって、自身もテレビのドキュメンタリー番組の被写体となっていく著者自身の姿――。
父との距離を測りかねながら漂うように深められる思考は、他者とは何か、家族とは何かという問いとなり、いずれ一つの写真論へと変容を遂げていく。
さまざまな“言葉ならぬもの”を描く筆致に、繰り返し胸がざわついた一冊だった。
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かながわ・しんご １９８１年生まれ。写真家。写真集に『長い間』『ｆａｔｈｅｒ』、共著に『犬たちの状態』など。
