谷津矢車が薦める文庫この新刊!
- 『猪牙(ちょき)の娘 柳橋の桜』(一) 佐伯泰英著 文春文庫 880円
- 『誰が千姫を殺したか 蛇身探偵豊臣秀頼』 田中啓文著 講談社文庫 847円
- 『急行霧島 それぞれの昭和』 山本巧次著 ハヤカワ文庫 990円
今回は「文庫オリジナルかつ、広義の歴史時代小説」で選書。
神田川と大川の合流する一角に架かる柳橋。そのたもとに住む船頭の娘、桜子を主人公にした(1)は、少女小説的な読み味色濃い時代小説。なんといっても主役の桜子がいい。少し勝ち気なのに周囲を慮(おもんぱか)って悩みつつ、それでも臆することなく日向(ひなた)へ向かおうとする桜子の姿には、ついつい肩入れしたくなること請け合い。著者のファンや時代小説ファンはもちろんのこと、キャラクター文芸の読者にもお薦め。
徳川四代将軍家綱治世下の万治三年六月、大坂城で起こった大爆発から本編が始まる(2)は、諸般の事情で大蛇となった豊臣秀頼を主人公にした特殊設定時代小説。大坂夏の陣の際に変死を遂げた秀頼の正室、千姫(二代将軍徳川秀忠の娘)の死の謎と、千姫を名乗り大坂城を脱出した女の正体という二つの謎を追う序盤の展開はミステリ的な造りをしているのだが、やがて別ジャンルのピースが積み重ねられていき、気づけばミステリではないものに変化している。本書の本当のジャンルは……これを申し上げるのは野暮(やぼ)だろう。
昭和三十六年、鹿児島から東京へ向かう急行霧島を舞台にした(3)は、鉄道という半閉鎖空間に材を取った群像劇ミステリ。ちりばめられた謎が絡まり合いつつ進行し、やがてそれぞれ種明かしされていく中で、読者の目の前に昭和の時代相が示される。昭和、戦後高度経済成長期の光と闇を閉じ込めた時代ものといえよう。=朝日新聞2023年7月1日掲載