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「喋り」の仕事 千早茜

 自分の仕事は「もの書き」だと公言している。文章を書いてお金をもらう。それが生業だと思っている。

 けれど、ちょこちょこと書く以外の仕事もある。ラジオや講演会、雑誌や新聞のインタビューといった、一字も書かない「喋(しゃべ)る」仕事だ。自分の拙(つたな)い話でお金をいただいてしまっていいのかといつも申し訳なくなる。インタビューは謝礼が発生しないことも多いのだが、言ってもいないことを記事にされたり誤解を生む書き方をされていたりすることがあるので気を張る。なにより自分の言葉が他人に切り取られて文章になるのはいつだって不安を伴う。

 文章は締切(しめきり)はあれど自分で好きなだけ添削できる。しかし、生の言葉は口からでたらもう直せない。とても危ない。めずらしく滑らかに話せたときも、「喋り」のプロでもない自分がなにを得意げにと、後で自責の念にかられる。とある同業者は「小説以外の仕事は一切反省しないことにしています!」と清々(すがすが)しく言い切っていた。講演やラジオ出演のたびに私がくよくよしていたら、担当編集者に「噺(はなし)家にでもなるおつもりですか。いいんですよ、多少覚束(おぼつか)なくても、文章が本業なんですから」とたしなめられたこともある。プロではない故に責任もないということか、聞く側に期待がないということか。

 それでも、せっかく聴きに来てくれた人たちを退屈させたくない。できたら楽しんでもらいたい。先日は『赤い月の香り』の刊行記念イベントをした。「夜の茶話会」と銘打ってお茶も淹(い)れた。茶藝(ちゃげい)こそプロではないが、愛する茶に悪いイメージをつけたくない。お客さんに「茶っていいものだな」と思って帰ってもらいたいと力んでしまい、自分の作品のことをしばし忘れた。生業も「喋り」仕事の懊悩(おうのう)も吹っ飛んだ。絶対に失敗できないと思った。どうやら私は好きなものを披露することが一番緊張するようだ。朝日新聞デジタル(https://ciy.digital.asahi.com/ciy/11010777)で、七月末まで配信が見られるので是非。=朝日新聞2023年7月5日掲載