1. HOME
  2. 書評
  3. 「アートの値段」書評 聞き取りと統計分析の矛盾示す

「アートの値段」書評 聞き取りと統計分析の矛盾示す

評者: 神林龍 / 朝⽇新聞掲載:2023年07月08日
アートの値段 現代アート市場における価格の象徴的意味 著者: 出版社:中央公論新社 ジャンル:芸術・アート

ISBN: 9784120056451
発売⽇: 2023/04/20
サイズ: 22cm/342p

「アートの値段」 [著]オラーフ・ヴェルトハイス

 アート、つまり絵画や彫刻、インスタレーションなど、多様さを増す美術作品の値段はどう決まるのか。美術に関心がない人でも気になるこの問題は、実は経済学で扱うのは難しい。美術作品には需要と供給を説明する安定的要素が見つかっていないだけではない。作家とコレクターが直接相対する以外に、ギャラリーやオークションハウスなど、いくつか異なる取引チャネルが併存し、当然、美術作品の価格決定メカニズムは複雑で不透明になる。経済学の主要学術誌で美術作品を主題とした論文を見なくなって20年たつのも頷(うなず)ける。結局、それを追うのは、本書のような社会学者の仕事が中心だった。
 この本では、美術作品の流通に関わる様々な人々への聞き取りを中心に、値付けの場面での各自の役割や意図を考察している。筆者が強調するのは、各チャネルの当事者が、作家のキャリアや長期的関係の構築を考慮して、独自に値を決めると口を揃(そろ)える点だ。ちょうど会社がキャリア形成を盾に、従業員の給与水準を正当化するのと似ている。
 しかし評者にとって興味深いのは、その聞き取りと統計分析が矛盾を示す点だ。とくにオランダの現代美術のデータを用いた統計分析の結果は驚きである。美術作品の値段の「ばらつき」を、作家(の知名度)や制作方法、制作のタイミングなどでほぼ説明してしまうからだ。つまり、流通経路と値段との統計的相関はなく、各チャネルが独自の値付けをしているとはいえない。美術作品については、取引業者が噛(か)むことで、価格のばらつきがコントロールされているという見方があったが、本書では明確に否定されることになる。
 いったい美術作品の値段はどう決まっているのだろうか。出発点に戻されたようにも思えるが、美術作品の価格決定に統計分析が応用可能なことを示し、人文社会科学が共同して取り組むべき課題として浮き上がらせたのが本書といえる。
    ◇
Olav Velthuis オランダ・アムステルダム大教授。専門は経済社会学、芸術社会学、文化社会学。