ハンバーグを作る手元にフォーカス
―― 玉ねぎを細かくトントントン。ちぎったパンと牛乳、卵をぐちゃぐちゃ。ひき肉や玉ねぎも入れてわしわし混ぜたら、手のひらで丸めてパンパンパン、最後はフライパンでジュージュー……。『ハンバーグハンバーグ』(ほるぷ出版)は、ハンバーグができるまでの過程を、おいしそうな絵とリズミカルな文章で描いた絵本だ。作者の武田美穂さんは、この作品で初めて食べ物絵本を手がけた。
この絵本を作る前、親の介護で数年間、仕事を減らしていた時期があったんですね。絵本の絵だけ担当することはあっても、オリジナルの創作絵本はしばらくブランクがあったので、前はもっとすんなりできていたはずの絵本作りがうまく進まなくなってしまって。
そんなとき、編集者さんと食事をしていたら、「武田さんってよく料理の話をするのに、食べ物の絵本を描いたことがないよね」という話になったんです。「よだれが出ちゃうくらい、ただただおいしそうな絵本を作ってみたい」と話したら、「それいいね!」と盛り上がりました。考えてみたら、料理というのは起承転結があるし、カタルシスもあって、絵本にしやすいなと。
まずはハンバーグを、というのはすぐに決まりました。子どもの好きなメニューですし、私自身、子どもの頃から好きでよく作っていましたからね。
――『となりのせきのますだくん』(ポプラ社)など、子どもの気持ちを代弁する絵本に定評のある武田さんだが、『ハンバーグハンバーグ』では子どももキャラクターも登場させず、ハンバーグを作る手元だけを描いた。
当初は、小学4年生ぐらいのお姉ちゃんとその弟がハンバーグを作るお話を考えていました。でも、姉弟でハンバーグを作る様子を描くとなると、火を使うのに大人がそばにいなくていいのか、といったことまで気にかけないといけなくて。親もちょっとだけ出てきて、あとは遠くで見てる、ということにしてもよかったんですけど、一番描きたいのはハンバーグを作る過程なので、そんなことを気にしなくてはいけないのはつまらないですよね。
動物が作ることにしようか、なんて案もあったんですが、潔く全部やめて、もう手だけにしようと。顔は一切出てきませんが、小学生の手のつもりで描きました。シンプルにした分、絵本の原点である、めくり・リズム・盛り上がりをわかりやすく見せられたんじゃないかなと思います。
音や熱、匂いまで伝わるように
―― ハンバーグ作りの工程を描くにあたって、最も大切にしたのはシズル感。臨場感ある絵に仕上げるために、何度もハンバーグを試作したと話す。
作るたびに写真も何枚も撮るんですが、写真通り描けばおいしそうな絵になるかというと、そうでもなくて。もくもくと立ち上る湯気やぷつぷつと爆ぜる脂など、音や熱、湯気、匂いまで伝わるように、何度も作ることで、カメラに収めきれなかったイメージを補完していきました。さんざん作って食べさせたので、家族や友達からはちょっと迷惑がられましたけどね(笑)。
―― 焼く前の、生の状態のハンバーグのたねの絵をじっくり見ると、ピンク、赤、茶色といった生肉らしい色だけでなく、水色や黄色が使われているのがわかる。
焼き上がりがおいしそうに見えるのはもちろんなんですが、生肉とか半生の段階からおいしく見えるように、何回も描き直して色味を調整していきました。
水色や黄色を使ったのは、ピカピカとした照りがそんな色合いで見えたから。今は廃盤になってしまった、スピードライマーカーという揮発性の油性マーカーを使っていたんですが、原画の段階では水色がわりと目立ったので、編集者さんは少し不安だったようです。でも大丈夫、印刷すればちゃんとおいしそうに見えるはずだから、と伝えました。実際、絵本で見ると違和感はないと思います。
私の絵は基本、原画の段階ではなくて、絵本になったときに一番よく見えるように、ということを目指して描いています。だから、絵本を読んだ方から「食べたくなりました」「作りたくなりました」と言っていただけると、とてもうれしいですね。
絵本ならではの“間”を生かす
――『ハンバーグハンバーグ』に続いて、『パパ・カレー』『オムライス ヘイ!』も出版された。2作目以降は最後のページに子どもが登場している。
武田さんと言えばキャラクターだよね、という声を受けて、できあがった料理を前にしている子どもを最後のページにだけ描きました。それ以外のページはどれも手元を中心に描いているんですが、手は作品ごとで違っていて、『パパ・カレー』はお父さんが作るという設定なので、少しゴツゴツした大人の男性の手、『オムライス ヘイ!』はテレビに出ているような料理研究家の手を登場させています。
―― 3冊ともそれぞれのメニューの作り方がわかる絵本だが、レシピ本との差別化も意識して制作した。担当編集者が絶賛するのは『ハンバーグハンバーグ』の、ハンバーグのたねができあがったときのカット。ページ右下にボウルを描き、テキストは「かんぺき」の4文字のみ。余白をたっぷりとって、絵本ならではの“間”を生かした。
手だけしか出てこなくても、登場人物の性格や感情は表現できるんですよね。「かんぺき」のところは、たねを作り終えて満足している様子を思い浮かべてもらえたらなと。『パパ・カレー』では、本当は鍋でぐつぐつ煮込むシーンにもっとページを費やしたかったんです。ページ数の関係で少し短くなったんですけど、「煮えたかな?」と待っている“間”があるからこそ、次のページをめくるのが楽しくなる。これは絵本ならではですよね。
―― 姉妹作『あ・さ・ご・は・ん!』『ひ・る・ご・は・ん!』には、日本ならではの和の朝食、サラダとナポリタンの昼食を描いた。
『あ・さ・ご・は・ん!』と『ひ・る・ご・は・ん!』は、料理の段取りをテーマにしました。1冊の絵本の中で何品も作っているので、かなり情報量が多いんですが、見返しにも絵を入れつつ、お味噌汁の具を煮る間に洗い物をしたり、お湯を沸かしている間に具を切ったり……といった手際のよさを描いています。
昔と違って、今は台所に立つ男性も増えていると思います。男女関係なく、この絵本を通じて子どもたちが「料理って楽しそう」「自分も作ってみたい」と思ってくれたらいいなと思っています。