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中身がちょっと違う 柴崎友香

 ところてんを毎日食べている。大阪育ちなので黒蜜のところてんが好きで酢醤油(すじょうゆ)に手を出せずに来たのだが、東京では酢醤油しか売っていないのでついに食べてみたところ、この酷暑にはさっぱりしてちょうどよかったのだ。東京の人が関西で出されたところてんが甘くてびっくりした話を聞いたことがあるが、名前や見た目が同じでも地方によって違う食べものはけっこうある。日本の食文化は多様だ。

 似たようなことが、言葉でもしばしばある。食べものだと食べれば違いがわかるし食材や味などを説明しやすいのだが、言葉の場合はもうちょっとわかりにくいことが多い。

 日本は方言も多様で、特徴のある語尾や他にない単語が目立って取り上げられるが、言葉としては同じだけど意味やニュアンスが違う場合が実はけっこうある。「片付ける」の意味の「直す」が大阪弁だとは昔から知っていたが、「つぶれる」を「故障する」の意味で使うのも大阪弁だとはつい数年前に知った。大阪でもぐしゃっとなっている状態にも「つぶれる」を使うから会話はそれなりに成立して気づかなかった。

 困るのは、方言だとよく使う言い方だったりなんなら敬語だったりする言葉が、失礼に聞こえる場合もあるらしいことだ。先日もSNSで、目上の人には失礼とされたある相槌(あいづち)について、九州ではよく使う言葉だとたくさんの人が書いていた。

 日本語の同じ言葉だから同じはずだと思って、なんとなく妙に感じたり、時には失礼や意地悪のように思うこともありそうだ。言った側も相手がなぜ妙に思っているのか釈然とせずに、すれ違うことは実は多いのではないか。方言だけでなく、世代の差や経験によって、同じ言葉でも意味やニュアンス、込める中身が違うことはよくある。あれ? と思ったときは、考えてみたり聞いてみたりしたほうがいいと思う。

 ところてんは黒蜜と思い込まずに酢醤油も食べてみてよかったと思いつつ、暑い一日が過ぎていく。=朝日新聞2023年7月26日掲載