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ホラーの神髄は短編にあり 異界への扉開く3冊

乱歩を想起させる後ろめたい興奮

 まずはこの夏の話題作『禍』(新潮社)から。『残月記』で吉川英治文学新人賞などを受賞し、大ブレイクを果たした小田雅久仁の初短編集である。目、鼻、髪など人間の体をテーマとした7編を収めているのだが、いやはやすさまじい読書体験だった。

 巻頭の「食書」は口がテーマ。ショッピングモールのトイレで本のページを貪り食う女を目撃してしまった主人公。彼女は「一枚食べたらもう引きかえせないからね」と警告めいた言葉を発する。気になった主人公が自宅の本をおそるおそる口にすると……。

 その他にも、行方不明の交際相手のアパートを訪ねてきた男に、部屋の隣人が自らの異様な半生を語る「耳もぐり」、人毛への生理的嫌悪感を突き詰めたような「髪禍」など、いずれもめくるめくという言葉がふさわしい、危険な魅力にあふれた怪奇幻想譚ばかりだ。世界が灰色に覆われて滅んでいく過程を愛の物語として描いた「喪色記」のように、『残月記』を彷彿とさせる壮大かつ強靭なファンタジーもある。

 個人的に印象的だったのは、肥え太った肉の魔力に取り憑かれ、人生を踏み外してしまう男を描く「柔らかなところへ帰る」だ。太った肉体が群舞する悪夢的なイメージもさることながら、読者の内側に入り込み、深いところから揺り動かすような語りが素晴らしい。終始読んではいけないものを読んでいる、という後ろめたい興奮を感じさせてくれる一冊で、江戸川乱歩の小説に初めて触れた日のことを思い出した。

作家の「ベスト」を引き出す三津田信三の鑑賞眼

『七人怪談』(KADOKAWA)は作家の三津田信三が編者を務める書き下ろしホラー短編集。澤村伊智、加門七海、福澤徹三などこのジャンルで活躍してきた実力派7人(うち一人は三津田自身)が一堂に会し、編者からの「最も怖いと思う怪談を」という難しいオーダーに見事応えている。

 この本がユニークなのは、編者が各作家にそれぞれ作風に見合った“お題”を与えていることだ。たとえば澤村伊智なら〈霊能者怪談〉、加門七海なら〈実話系怪談〉といった具合だが、一般には伝奇アクションで知られる菊地秀行にあえて〈時代劇怪談〉をリクエストするなど、ホラーに精通した編者の鑑賞眼が光っている。

 霜島ケイ「魔々」は、祖母から古い家を受け継いだ主人公が怪異に見舞われるうち、ある地域に根付いた信仰の存在を知るという〈民俗学怪談〉。その他の6編も書き手のコアな部分が熟練のテクニックによって表現された力作揃いで、各作家のベスト級といっても過言ではない。

 三津田信三自身は「何も無い家」という作品で十八番である〈建物系怪談〉を披露。タイトルどおり具体的に怖いことは何ひとつ起こらないのだが、雰囲気がただただ怖いというアクロバティックな幽霊屋敷ものだった。『禍』にならってこの本を漢字一文字で表すなら、技巧の「巧」だろうか。短編好きにはたまらない企画なので、ぜひ続刊を期待したい。

逃れられない運命の恐怖描く俳句ミステリー

 貴志祐介『梅雨物語』(KADOKAWA)は昨年話題を読んだ『秋雨物語』に続く短編集。この本にふさわしい一文字は、ずばり執念の「執」だろう。ひとつのアイデアを徹底的に掘り下げ、重厚にして緻密な物語を作り上げる作者の知的バイタリティにはいつもながら圧倒させられる。

 巻頭の「皐月闇」にまず驚いてほしい。元中学教師で俳句部の顧問だった主人公・作田のもとに、かつての女子部員が訪ねてくる。自殺した彼女の兄が遺した句集に込められた意図を、解釈してほしいというのだ。その句集から十三句を抜粋した作田は、ありふれた情景の向こうに意外な真実を見つけ出す。ところが事態はさらに思わぬ方向へ展開していき、という本格的な俳句ミステリーだ。ひとつの俳句が解釈によって異なる顔を覗かせ、秘められた過去を示唆していくという展開はなんともサスペンスフル。

 続く「ぼくとう奇譚」は文豪・永井荷風の『濹東綺譚』の時代(昭和10年代)を舞台に、黒い蝶の夢に悩まされる男たちを描いた幻想的ホラー。3話目の「くさびら」はホラーかミステリーかが、結末ぎりぎりになるまで分からない幻覚的キノコ小説である。いずれも頭から尻尾までみっしりとアイデアが詰まっており、これ一冊で長編を3本まとめ読みしたくらいの満足感がある。

 前作『秋雨物語』刊行時、作者は本連載のインタビューで、「運命に逆らうことができず、いくら逃げようとしても同じ場所にまた出てきてしまう。そうした絶望感や無力感こそが、ホラーのひとつの本質」と語っていたが、それは本書にも当てはまる。どんなにあがいても逃れられない運命の恐ろしさと、そこから浮かび上がる人間の赤裸々な本質。ミステリー、SFとジャンルを越境しながら創作活動を続ける著者だが、その本質はやはりホラーなのだとあらためて実感した。さまざまな意味での怖さが味わえる一冊だ。