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滝沢カレンの「のぼうの城」の一歩先へ 23年間、素手でトンネルを掘り続けた盗人が、終着地で見たものは

撮影:斎藤卓行

ここには見る者全ての歩行を止めてしまうほどの美しく大々的な城がある。

城の周りは風波を忘れたように行儀良き湖が城を包む。

どこが入口なのかさえ探し回っても見つけられやしない。

そんな町の高嶺の花的存在の城は今日も厄介者が近寄ってくる。

「パパ、この城の中に入ってみたいよ。一体誰が住んでるんだい?」

1人の少年が興味如きで尋ねる。

「ここはパパが生まれるずっとずっと前からある城だよ。でもパパも中の人を見たことがない。きっとただの見せ物なんじゃないか?」

知識不足の父親は息子の視線の先の城に対して打たれ弱い返事をした。

「見せ物ってなぁに?」

「見るだけの、城。誰もいないってこと」

「ふへぇ〜。なんだ。僕、将来このお城が欲しかった」

そんな夢をポソリと言葉にして親子は散歩の続きに足を動かした。

絵:岡田千晶

「フンンッ」

親子話を木影から聞いていたのは、
あるまじき姿で話を聞いているロマーヌスだ。

蜂の巣並みの穴を開けたTシャツに、
左右が存分に揃っていないズボン姿で
小粒な笑みを浮かべている。

ロマーヌスは巷でも誰一人も知らない
無名な盗人だ。

なぜならあの湖に囲まれた城を、
23年この茂みに身を固めて様子を伺っていた。

つまりはこの城ごと盗む一人大計画を
しぶとく長年、練り佇んでいた。

ロマーヌスにとって、
この城がようやく初盗人デビューを果たすことになる。

ロマーヌスは毎日毎日、この城に忍び込もうとしてきた数々の先知らずの盗人先輩を見てきた。

だが、誰一人この城に入り込んだ者はいない。

湖を泳ごうとしようものなら、
一瞬にして悲鳴と共に湖から姿を消す者が何人もいた。

ロマーヌスはただただ盗人たちの情けない姿を見守る為にこの茂みで生活しているわけではない。

23年かけて、この茂みの土を掘るに掘り、
地底移動してこの招かれざる城に侵入していく作戦だ。

そんな地底通路がようやくあの城と繋がった。

ロマーヌスは23年間、土を掘り続けた祝杯を胸に一人感じていた。

右手も左手も爪の間にはありったけの土を収納させながら。

「よし、今夜ついに侵入開始だ!いや〜この日をどれだけ待ってたってか。これで俺もあの城のお宝を頂き、明日から大満喫生活が始まるぞ。」

ロマーヌスは櫛も近付きたくない土ぼこりで固まった髪の毛頭を掻きむしりながら、
嬉しさを一人で分かち合っていた。

今日もご立派に、誰に笑顔を向けるでもなく、
湖に凛々しさを盛り上げてもらいながら
立ちすくむ城。

一体いつから、何のためにあるのか....。

時は何を残すでもなく進み、
今日も闇の似合う夜がきた。

ロマーヌスにとっては、
盗人第一日目の始まり始まり。

湖に気付かれることなく、
それは静かに始まった。

ずっとロマーヌスが生活していた茂みには、
ロマーヌスの体を棒状にするとようやく入れる程度の底知れぬ穴があいている。

ロマーヌスは言葉にするほどでもない体型で、
底知らずの穴に入っていく。

「うゔうぅぅ」

「あまりにもピッタリした穴すぎたな。ハハっ。まぁでもこれくらいのサイズが一番効率いいもんなっ」

一人で自分を納得させながら、ロマーヌスは底へ、底へと穴を進んでいく。

30分ほど穴をただ下に向かって降りていくとようやく地底に足がつく。

ここからはただただ横に移動し、湖の下を通りながら城の真下まで行く計画だ。

水分を十分に満喫している土が、
ひんやりとロマーヌスの体温を冷ます。

「よし、地下には到着したぞ。あとは城の下に横移動すれば。」

もう入ってきた入口は見上げると小さな粒穴に見える。

ロマーヌスは視線を変え、横にと這っていく。

48分くらい這うと、行き止まりにぶつかった。

「あ、俺が掘ったのはここまでか。よしあとは上を掘って忍び込むしかないな」

ロマーヌスはうつ伏せから仰向けになり窮屈な土内でひたすらに土を掘り出していく。

顔の上に湿りきった土がパソパソと落ちてくるが、もうここまできたのだから、諦めるわけにはいかない。

その時だった。

「ん? 何か声が聞こえる。どこからだ。地下のはずなのになぜ声が?」

ロマーヌスは複数人の話し声が
うんと微かに聞こえた。

仰向けになりながら、掘るのを一時中止し、
耳をこれでもかと澄ませた。

「やっぱり、声が聞こえる。しかも上じゃない。紛れもなく下から聞こえるような...」

ロマーヌスは声のする方へと方向転換し、
予想もしていなかった方向に土を掘り出していった。

ロマーヌスが突き進むこと約10分でその声の姿が露わになる。

「お、おい。なんだよこれ」

ロマーヌスが土を掘り出し見つけた先は、
城の地下に行き着くはずが、

ロマーヌスはなんと天井から城の中を見下ろしているじゃないか。

散々に光る照明、楽しそうに行き混ざり合う
人々の笑顔、高級に違いないカーペットや階段や置物の数々が目を襲う。

ロマーヌスは一瞬で異様な光景に気付いた。

この城はまさにフェイクだ。

ここは地上ではく地底に広がる超上流一族が泊まるホテルだった。

ロマーヌスは土をかきわけた地底に広がる世界をただただ口と目を丸くしたまま固まった。

「きっとここにもお宝はたくさんあるはずだ。たんまり盗み持って帰るぞ」

ロマーヌスは逞しい目を見開き、ホテル内に侵入した。

なるべく客に馴染み合うように、額に自信を持ちながら歩いた。

そのホテル内はものすごく大きかった。

地下20階くらいはゆうにある。

なんかしらの成功を遂げたつんけんした人間らとすれ違うたびにロマーヌスはドキドキした。

見つかってしまったらどうしようかと。

ロマーヌスは人の目がない場所にある
"隠し部屋"に焦点めがけ、地下エレベーターで
一番下まで行った。

地下26階が最終地点だった。

地下24階あたりから照明から暗闇に変わった。

最小限数の明かりがどうにかこうにか道のありかを知らせる。
地下26階のフロアには無数に並ぶ扉が廊下を挟んで向かい合っている。

さらに先程の煌びやかな階では信じられないほど、鼻では耐えられないほどの異臭がする。

「う、くせっえなぁ。」

ロマーヌスは足底に力を入れながら
音を踏み殺しながら扉の向こうの気配を確認しながら歩いた。

「なんだこの扉の数は....。何部屋なんだよ。」

ロマーヌスは気持ち悪くなるほど並びあった扉に奇妙さを感じた。

どの扉もなんの部屋か全くわからない。

とりあえず、ロマーヌスは当てずっぽながら
ひとつの扉を開けてみた。

ガチャリ

ロマーヌスの目の中に、信じたくない景色が飛び込んできた。

それは異臭と悪臭に包まれた中、
グダングダンに力を失った人間たちがいた。

「え? なんだ? これ、え?」

ロマーヌスはあまりの臭いと景色に腰を抜かしてしまう。

その音が響き渡り、1人の人間がロマーヌスに気付いた。

「きみ、だれだ?」

壁に寄りかかりながら下を向いていた男がゆっくりとロマーヌスの顔を見ながら力情けに聞いてきた。

「お、おまえたちこそ、なんだこれ。ど、どうしたんだっ」

震える発声にどうにかブレーキをかけながら
落ちつきを取り戻そうとするが膝はガクガクに泣いていた。

「わしらか?わしらは次に溶かされる奴らだよ。」

「? 溶かされる?」

ロマーヌスは何を言っているのかよくわからなかった。

「あぁ。次だな。26階だから。もう溶かされた方がマシさあ。」

使いこなしたタオルみたいに男は話した。

「何の話をしているんだ? ここはなんだ? 教えてくれ」

ロマーヌスが立ち上がり、
そのくたびれたタオルみたいな男に近づいた。

「お前はどうやら何も知らずにここにきたようだな。ワシらも最初はそうだったがね。
ワシはここに26年前忍び込んだ。あのでかいお城目当てでな。湖を渡って忍ぼうとした者さ。」

「お前も盗人なのか?」

「あぁ。昔はな。でもここは甘くない。今でも毎日後悔している。ここに人間はいない、あいつらは悪魔だ。」

「なんでだ? 何があった」

2人は何人もの人間が重なり合いながら倒れている横で話を続けた。

「城の形をした、地下の支配者なんだ。
盗人に忍び込んですぐに目が覚めたらこの真っ暗闇の部屋だった。ワシが目を開けたときからすでに何人か他の奴らもいた。先に試した盗人たちだ。そこから26年間太陽も見ることなくただこの暗い部屋でこいつらと生きてきた。」

「ここは刑務所なのか? なんなんだ?」

「はっはっ。刑務所の方が天国だろうな。
ここの仕組みはひどい。ワシらはな27年目に溶かされるんだ。このさらに地下にある溶解炉に流し込まれて。そしてその溶けたワシらを使いこの地下に広がる施設は拡大してくんじゃ」

「拡大? ここはおおきくなっていくのか? なぜ君らは溶かされるんだ?」

「ここではワシらを溶かして、次は今地下25階、24階にいる奴らの飯になる。そしてこの建物の床や壁になる。ここは盗人に忍び込んだ人間の数だけ拡大していくんじゃ。逃げられたやつは1人もおらん。」

聞いたこともない話が次々にロマーヌスの耳に飛び込んでくる。

ロマーヌスはふと繋がった。
"だからここに入った奴を見ることは2度となかったのか"と。

「じゃああの、いかにも金持ちのような上にいる人間たちはなんだ?」

「あいつらは、ここの資金を出し合ったいろんな国の破壊的に大金持ちの人間たちだ。いや、悪魔だ。この地下の敷地をどんどん広げていき、どんどん支配していくんだ。もうワシたちの街もいつかなくなるだろう。まずは盗人や悪人たちから溶かされていく。でもいつか底をつきゃ、街人たちに手を出すだろう」

そうここは紛れもなく、
人間による、人間たちの、人間で作る巨大地底広場だった。

「ったく。頭のイかれた奴らだな」

「地底作戦はもう随分と昔から計画されていたようだ。この明らかに気を引く城を作ったのもまずは悪者たちが近寄るためのエサでしかなかったのさ。」

ロマーヌスは愕然とするしかなかった。

この街も、朝見かけたあの親子もいつかは、いつかは・・・。

「なぁ、じいさん。お前らを助ける隙はないのか? 何か、方法があるはずだ。」

「あんた1人でワシらを? 無理じゃ無理じゃ。」

「何か抜け道があるはずだ!」

ロマーヌスは諦めずに考えた。

「ここは地下26階。距離にして地上まで100mくらいはある。とてもじゃないが。」

「じゃあもうエレベーターから出るしかない。上の人間たちが寝静まったら、エレベーターで地下1階に降りて、俺が入ってきた穴を使って街に戻るんだ!!!」

「確かに。あんたはなんで侵入できた?
ここは侵入を試みただけで捕まる場所なのに」

「俺は先輩盗人たちを長年この目で見ながら研究に研究を重ねながら侵入穴を掘り続けたんだ。だからきっと見つからずに帰れる。」

ロマーヌスは自分が研究してきた23年に胸をようやく張れた。

「じゃあ君が1人でまず街に戻れ。ワシらは人数にしたら数千人になる。とてもじゃないが、一晩では敵わん。君が警察に通報してくれ、これは国家を揺るがす大問題じゃ。頼む。」

くたびれたタオル男は、ロマーヌスに縋りつきながら願った。

「わかった。待っていてくれ。もう俺たちの街はこんな計画なんかの餌になるもんか!」

そう言うとロマーヌスは来た道を、ただひたすらに戻った。

さっきまでの意思とは違う気持ちを抱えながら・・・

ロマーヌスは自分が掘った穴を命がけで血を指先に溜めながら登り、ただひたすらに、ただひたすらに街の交番目掛けて走った。

夜は明け、朝日が昇っていた。

眩しい朝日をくらいながら、ようやく街の一番大きな交番に着き、おまわりさんに、あのくたびれたタオルのような男から聞いた話を細かく話した。

すると警察は、

「まーたあんたかい。もうこの話60回目だよ。ロマーヌスさん。まだあそこで生活してるのかい? 怖かったのは分かりますが、もう昔の話ですから」

ロマーヌスは身体から熱が逃げていくような気がした。

「え?」

「だからロマーヌスさん、それはもう26年前のお話ですよ。ロマーヌスさんはあの日を繰り返しちゃうのかな。トラウマだったんだろうね。でももうあなたは無事ですから安心してください」

「あの城は? どうなったんですか?」

「この説明も何度もしていますが、あの城はもうないですよ。ロマーヌスさんがあの26年前この交番に通報してくれたんですよね? 残念ながら救出は間に合わなかった。誰かが通報したのに気付き、警察がつく前にあそこは何者かによって大爆発して全て証拠も何も吹き飛びました。あなたは相当ショックを受けていたようですよ。」

「26年前?」

そう、ロマーヌスはあの日交番に行くも、
警察が到着するより前に、城ごと何者かによって吹き飛ぶという大爆発が起きた。

それ以来捜査のしようがないくらい、粉々になり周囲はしばらく立ち入り禁止区域になった。

ロマーヌスはその事実を受け入れられずに
さらに26年が経っていた。
今もロマーヌスは森の茂みで生活をしている。

くたびれたタオルのような男との約束を果たすことはできなかった。

当時ノボウという爆弾によって爆破された為、あの城の名前はのぼうの城と名がついた。

一体何のために、なぜ、あの地下計画はあったのか。

街には今も永久に謎のまま、
城跡地となった。

(編集部より)本当はこんな物語です!

 戦国時代、天下統一を目指し、関東攻略に討って出た豊臣秀吉。その一場面となる、武州・忍城(おしじょう)の攻防を描いた和田竜さんの歴史エンターテインメント小説です。周囲を湖に囲まれた忍城を、圧倒的な大軍を率いて攻める秀吉側の石田三成と、数的劣勢に立たされながら籠城して守り抜く成田長親。激しい戦いの物語は漫画化、映画化され、人気を博しました。

 成田長親は、武勇にたけた猛将でも才覚あふれる知将でもなく「でくのぼう」を縮めた「のぼう様」の愛称で呼ばれますが、憎めない人柄で領民からは人気があったと描かれます。愚直に目的を達成したところや、領地を没収され失意の晩年を送ったところなど、どこかロマーヌスと似ている、と言えなくもないかもしれません。