ISBN: 9784801005624
発売⽇: 2023/06/23
サイズ: 22cm/407p 図版32p
ISBN: 9784801007178
発売⽇: 2023/06/23
サイズ: 22cm/615p
「クロード・シモン」 [著]ミレイユ・カル=グリュベール/「評伝ロラン・バルト」 [著]ティフェーヌ・サモワイヨ
1913年生まれのクロード・シモンは戦後フランス小説の先端を担ったノーベル賞作家だが、彼の人生や創作過程はこれまで謎に包まれていた。本書は同時代の文学やアートの動向もおさえながら、この秘密めいた作家の歩みを丹念に描き出した稀有(けう)な評伝である。
シモンの小説は、息を呑(の)むほどに精緻(せいち)な言葉の迷宮である。『フランドルへの道』や『三枚つづきの絵』ではふつうの意味でのストーリーは解体されているが、その構成は堂々としていて細部まで計算されている。この隙のない建築物が、読み手にめまいを発生させるうちに、草木や土の香りが重く濃くなってゆく――まるで有機的な生命のように匂いたつ言葉の大地のなかで、人間はときに肌を脱ぎ捨て、獣に生まれ変わるだろう。
では、このマグマを含んだ濃密な文体はいかに生まれたのか。本書はその源泉を、シモンが20世紀の世界戦争の「生き残り」であったことに求める。兵士シモンは死を暴力的に宿命づけられつつ、それをぎりぎりのところで振り切り逃走を続けた。処刑寸前で生き延びたドストエフスキーのように、彼は「生と死がその最も強い衝撃のうちに結晶」する体験を、文学と人生の根底に置いたのである。
この生と死の境界をまたぎ越す文学的時空において、あらゆる現象ははかなく、可逆的なものになる。ゆえに、シモンの小説は、確かな事実を直線的に伝えるポーズを見せない。彼はむしろ出来事のはかない「痕跡」をモンタージュしながら、記憶をたぐり寄せることを選ぶ。あるいは戦争を書くときも、国家や英雄を主語とせず、恐怖という積み荷を運ぶ列車の轟音(ごうおん)から、その暴力性を浮き彫りにした。
絵画や写真も手がけたシモンは、ピカソやクレーらの技法にも触発されながら、実に忍耐強く「書くこと」は何をなしうるかという問題提起を続けた。それはどれだけ厳密であろうとしても、ついに未完成・未解決であるほかない問いである。だからこそ「失敗においてしか成功と尊厳は存在しない」という彼の言葉は、読者に強い印象を与えるだろう。本書が示すのは、下手な成功よりも「気高い闘志」に満ちた失敗のほうがはるかに尊いということである。
なお、同じ版元からは、シモンと同世代の批評家ロラン・バルトの評伝も刊行された。シモンと同じく「書くこと」の謎の探検家であったバルトは、その思考の糧を記号論や消費社会に求め、五感に働きかける日本料理も愛した。造本もしっかりしたこの2冊を読み比べると、より理解が深まるだろう。
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Mireille Calle-Gruber 1945年生まれ。パリ第三大名誉教授。専攻はフランス文学、美学▽Tiphaine Samoyault 1968年生まれ。仏社会科学高等研究院所長。専攻はフランス文学、比較文学。