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普通の市民がなぜ殺戮に参加したのかを問う「虐殺のスイッチ」 安田浩一が薦める新刊文庫3点

安田浩一が薦める文庫この新刊!

  1. 『虐殺のスイッチ 一人すら殺せない人が、なぜ多くの人を殺せるのか?』 森達也著 ちくま文庫 858円
  2. 『薬物依存症の日々』 清原和博著 文春文庫 825円
  3. 『山は輝いていた 登る表現者たち十三人の断章』 神長幹雄著 新潮文庫 737円

 (1)これまでの取材経験からいっても、レイシストの多くは私と同じく凡庸な者ばかりだった。醜悪な「活動」の場から離れれば、何の特徴もないひとりの人間に過ぎない。世界各地で「虐殺」に加担した者たちも同様であろう。ナチズムに熱狂した者も、関東大震災直後に朝鮮人を殺した日本人もまた、普通の市民だった。そんな者たちがなぜ殺戮(さつりく)に加担したのか。著者は世界中の虐殺事件を紐解(ひもと)きながら、残虐行為を導く回路を考察する。朝鮮人虐殺から100年の節目に「福田村事件」を映画化した著者の軌跡も浮かび上がる。

 (2)「男」は強くあるべきだと信じていた。日焼け肌も、派手なアクセサリーも「清原」であり続けるための小道具だった。「弱さ」から逃れるためドラッグにはまった。逮捕から7年、薬物依存症との壮絶な戦いは続いている。それでも著者はいま、本音の自分を受け入れる。「薬物にではなく、人に依存する」。自身の「弱さ」を認めることで新しい「清原」を模索しているのだ。

 (3)クライマー中嶋正宏は八ケ岳で墜死した。遺品のノートには「高いところから落ちる人間は惨めだ。しかし、高いところまで登れない人間はもっと惨めだ」と記されていた。それが彼の生き方であり、死に様だった。田淵行男(写真家)は「疎外感」を求めて山に登り、田中澄江(作家)は亡き父の姿を求めて高尾の山道を歩いた。「山と渓谷」元編集長が編んだ「登る表現者たち」のアンソロジー。山に惹(ひ)き付けられたそれぞれの「理由」が味わい深い。=朝日新聞2023年8月12日掲載