出版社を自分で探した
——『あなたを応援する誰か』がデビュー作なのですね。
そうです。絵には自信があったのですが、文章を本格的に書いたことはなかったので、書きながら「これでいいのかな」と自問自答しつつ、文章を書くのが好きな友だちや周りの人にも見せて、アドバイスをたくさんもらいました。
———『あなたを応援する誰か』に記された言葉の数々は、日記のように日々書き留めていたものなのでしょうか?
ブログなどで配信していた文章とイラストを中心に、一冊にまとめました。絵を通じて自分の気持ちを伝えられれば、と思っていたのですが絵だけでは難しく、文章も書くようになりました。そのうち『自分の思いを表現し、読者と分かち合えるような本を出版できたらいいな』と思うようになりました。
——ブログを見た出版関係者から、出版を提案されたのですか?
いえ、出版してくれる会社を自分で探しました。今ではイラストエッセイが多数出版されていますが、10年前はイラストレーターが文章も書き、本を出版するケースはあまり多くありませんでした。出版エージェントや関係者の会合に顔を出し、勇気を出して「こんな企画はどうでしょう?」と提案しました(笑)。関心を持ってくださった方が出版社を紹介してくれて、本を出すことができました。
アートは大きなプレゼント
——アートセラピーを学んでいたそうですね。学んだきっかけを教えてください。
学生時代は彫刻を専攻したものの、そのうち絵本作家になりたいと思うようになりました。子どもの心理を知れば絵本を描くのにも役立つのではと思い、アートセラピーを学びました。韓国にはアートセラピーの協会や団体がたくさんあり、学べる場所が多いんですよ。卒業後、未就学児に美術体験プログラムを提供する施設で講師として働く機会を得ました。
中には一つの色だけを使ったり、過剰な反応をしたり、感情表現が上手にできない子もいました。そんな子どもたちと一緒にアートを体験するうちに、彼ら彼女たちが変わっていくのを目の当たりにしたんです。わたし自身も子どもの頃からアートに触れ、絵を描くことで様々なことを克服してきました。アートは自分に与えられた大きなプレゼントだと思っていますし、それを子どもたちと分かち合いたい、と思うようになりました。
———絵を描くことで様々なことを克服された、とのことですが、具体的なエピソードを教えてください。
落ち込んだり彼氏と喧嘩したりしたとき、絵を描いて友人に見せたりブログなどに発表し好意的な反応を得ることが、癒やしにつながっていました。わたしが描くイラストのテーマは「温かいもの」。見る人の心が温かくなり、安らぎを得られればいいな、と思って描いています。散歩や旅行に出かける度にイラストのモチーフになりそうな、心温まる風景などを無意識のうちに探しています。
——『あなたを応援する誰か』を通じて、どんなメッセージを伝えたいですか?
見る人全てが温かい気持ちになり、疲れている心を少しでもリラックスできるように、と願いながら制作活動をしています。本書でもそういうメッセージを伝えたかった。タイトルの通り、誰かを応援する気持ちを込めたかったんです。なので、わたし自身が経験したつらいこと、悩んでいた頃のことを思い出しながら執筆制作しました。でも「頑張って」とか「頑張らなきゃダメ」というメッセージを伝えたいのではなく、あくまでも読者の心に休息を与えられればいいな、と。
イラスト描いてつらさを乗り越えた
——『あなたを応援する誰か』が出版された当時(2013年)は、韓国社会で人々が共通の悩みや問題を抱えていた時期だったのでしょうか?
特にそういうわけではありません。それよりも、わたしの個人的な状況と結びついています。10年前は20代から30代になるタイミングで、個人的につらいことがたくさんあった時期でした。とは言っても家庭がめちゃめちゃになったとか、大きな失敗をしたとかではありません。年齢的に未来に対する不安を覚えたり、彼氏と付き合うなかで傷ついたり。他の人間関係でも相手に傷つけられたり、私が相手を傷つけてしまったり。それらのつらかったことを、イラストを描きながら乗り越えました。そうやって乗り越えてきた体験を思い出しながら、この本を書きました。
——読者から届いた感想の中で、一嬉しかったのはどんな言葉でしたか?
地下鉄で移動中に受信した、ブログに届いたメッセージは、今でも鮮明に覚えています。その方は心がとても落ち込んでいて、病院に相談に行った帰りにたまたま目についた書店で『あなたを応援する誰か』を見つけ、一気に読んだそうです。そうしたら「心がとても穏やかになって、すごく良かった。とてもありがたかったので、ブログを探してお礼を言いたかった」と。メッセージを開いた瞬間、泣きそうになりました。
出版社を通じてメールを送ってくれた方もいました、男性の方です。その方は会社がつらく体調が悪くなってしまい、小さな子どもがいる家長として、先行きがとても不安で悩んでいました。そんな中『あなたを応援する誰か』を読んで救われた、と。私のSNSにメッセージを書いてくれる方もいます。読者を応援したいと思っているのに、わたしのほうが皆さんからのメッセージに応援してもらっていました。著者にメッセージを送るというのは、勇気が要ることですよね。そういうメッセージをもらうたびに、もっと良い作品を作りたいと思います。
——ジェジュンさんが『あなたを応援する誰か』に掲載された「利己的でも大丈夫」という章をSNSでシェアしたことがありました。シェアされたことを知り、どんな気持ちでしたか? ジェジュンさんに伝えたいメッセージがあれば、そちらもぜひ教えてください。
すごく驚きました。とてもありがたいです。私のイラストと文章が癒しになったのであれば、とても嬉しいです。
日本には独特の色合いがある
——日本のイラストレーターや作家で好きな人はいますか? 影響を受けた日本の文学や映画、街などがあれば教えてください。
幼い頃から日本の様々なジャンルのカルチャーが好きで、影響を多く受けています。益田ミリさんが大好きで著書を全部持っていて、繰り返し読んでいます。スタジオジブリのDVDもたくさん持っていて、「となりのトトロ」「魔女の宅急便」「風の谷のナウシカ」など、何回も観ました。岩井俊二監督の映画「Love Letter」は、毎年冬が訪れる度に観ています。是枝裕和監督の映画も好きで、「海街diary」ロケ地の鎌倉を訪れたこともあります。
日本のドラマも好きで、「逃げるは恥だが役に立つ」は、主演の新垣結衣さんの笑顔がとても美しかったのが印象に残っています。日本には独特の色合いがあると思っています。清潔感があり、原色ではなく、すごく温かい。冷たいかもしれないけれど、温かい。抽象的なので、うまく伝わるかわかりませんが、そんな日本の色合いが大好きなんです。
——日本に来たことはありますか?
何回か行ったことがあります。私は大都市よりも、小さな街を旅するのが好きなんです。初めて日本に行ったときに訪れたのが鎌倉。だからよく覚えています。一人旅で1週間滞在しました。「海風 diary」に出てくるお店に行ってシラス丼を食べたり、自転車に乗って海辺を走ったり、『SLAM DUNK』に出てくる線路を見て不思議な気持ちになったり。映画に出てきた電車の駅に座って絵を描いていたら、同じように絵を描いている日本人がいたので、一緒に描いたり。また行きたいですね。
——『SLAM DUNK』もお好きなんですね!
はい、学生時代に大流行していました。TVアニメのオープニングに出てくる電車の駅が鎌倉にあるので「あ、ここだ!」と感激しました。イラストを描くときのポジティブな姿勢も、もしかすると『SLAM DUNK』の影響を受けているかもしれません。登場人物で、例えライバルであっても、悪い人がいませんしね。
——他に日本でお気に入りの場所や、次回訪れたらやってみたいことも教えてください。
旅先で書店を訪れるのが好きで、代官山の蔦屋書店にも行きました。日本の方が本を愛している様子が伝わってきましたね。日本には絵本にまつわる美術館がたくさんあると聞いているので、いつか訪れてみたいと思っています。
(編集部注:インタビューは2023年3月4日、オンラインで行われました)