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「戦国日本を見た中国人」書評 陸の勢力争いの裏に水上の経済

評者: 有田哲文 / 朝⽇新聞掲載:2023年08月19日
戦国日本を見た中国人 海の物語『日本一鑑』を読む (講談社選書メチエ) 著者:上田 信 出版社:講談社 ジャンル:新書・選書・ブックレット

ISBN: 9784065325742
発売⽇: 2023/07/13
サイズ: 19cm/245p

「戦国日本を見た中国人」 [著]上田信

 鉄砲伝来のイメージは、近年大きく変わった。かつては「ポルトガル船が種子島に漂着した」と教わったように思うが、ポルトガル人が乗っていたのは、中国の船だった。その船主は中国出身の密貿易商人ではないかともいわれる。であれば漂着というより、密貿易商による販路開拓だったか。
 本書がユニークなのは、そこにとどまらず、鉄砲に欠かせない火薬や弾の原料に目を向けたことだ。日本で十分まかなえない硝石や鉛は外国から買うしかなかった。取引を担ったのが、ときに海賊行為を働きながら海を行き来する密貿易商たちで、中国人を中心に日本人も加わっていた。彼らが根拠地にしたのが九州南部の海域だった。
 海からながめると、戦国時代はどう見えるのか。中国社会史の専門家が取り組んだ意欲作である。「日本一鑑(いっかん)」という、当時の中国人の書いた日本報告書を手がかりにしており、それによると日向(ひゅうが)(宮崎県)や薩摩、大隅(鹿児島県)にわたる九州南部の港の数々が密貿易商たちのたまり場だったようだ。著者によれば「日本とアジアとを結ぶ混沌(こんとん)とした海上の空間」があり、ここを拠点に軍需物資が日本各地に運ばれていた。ポルトガルの冒険商人や、傭兵(ようへい)となった武士もいたというから、海の梁山泊のようなところだったか。
 この海域の交易を掌握できるかどうかが、薩摩・島津家内の勢力争いに影響した可能性があるという。織田信長に先立って鉄砲を活用した三好長慶も、海上ルートを積極的に押さえようとしていた。陸上での戦国大名たちの戦いの裏に、海がある。ドラマや小説でおなじみの戦国時代が、違った顔を見せてくる。
 戦乱の世から天下統一へ。そういうと言葉はきれいだが、要は大量殺戮(さつりく)の時代である。戦争を裏で支えるのは、いかなる経済と物流か。いつの時代も変わらぬ問題を考えさせてくれる。
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うえだ・まこと 1957年生まれ。立教大文学部特別専任教授。専攻は中国社会史。著書に『人口の中国史』など。