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ひるねこBOOKS(東京) 谷根千の猫好き店主は揺るがない。お客とつくる、柔らかく優しい空間

文・写真:朴順梨

 誰でも生きているうちに、親に言えないことがいくつも出来てくる。私の場合、そのひとつは「実は猫が嫌いではない(むしろ好きな方)」ということだ。

 両親、とくに父親は日夜、丹精込めた花壇を荒らし、庭のポリバケツをひっくり返す野良猫と格闘している。だから実家に戻ると必ずと言っていいほど、父から「猫が嫌いだ」という話題が出る。

 私にとって猫は、決して憎むべき存在ではない。しかし「でも昼寝してる猫って、なかなかかわいいもんだけど」などとはとても言えず、毎回曖昧な物言いでごまかしている。

 そんな昼寝をしている猫が店名の由来になった「ひるねこBOOKS」には、以前から興味を持っていた。店主の小張隆さんによる「2020年の振り返りと大切なお知らせ」というnoteの投稿を読んで、話を聞いてみたいと思っていたからだ。

 2020年の春から初夏にかけては、日本のどの街も静まり返っていた。営業自粛は本屋にも及び、神保町の書店街も、ほぼシャッター通りになっていた。ひるねこBOOKSはオープン5周年を迎えて華やかな日々を送るはずだったのに、1週間の休業を余儀なくされてしまったそうだ。

 営業再開後から現在に至るまで、時短や臨時休業などはあるものの、出来る限りこれまでと同じように営業を続けてきましたが、本当に「政治」に翻弄された一年だったなと思います。もはやここに書くまでもありませんが、国や都から発せられる空虚なメッセージ、ただでさえ擦り減った心身をさらに痛めつけるような愚策・失策。日本の“リーダー”たちはこれほどまでに冷酷且つ無慈悲で無能だったのかと、まざまざと見せつけられました。2020年の振り返りと大切なお知らせ

 率直な文章から、グラデーションに満ちた複雑な思いが伝わってきた。3回目の緊急事態宣言が続いている今、小張さんはどんな日々を送っているのだろう? 直接話を聞いてみたくて、台東区谷中に向かった。

ひるねこBOOKS店主の、小張隆さん。

接骨院だった場所をギャラリー&本屋に

 4月22日に、以前の場所から少し千駄木駅寄りに移転したひるねこBOOKSは、入ると左手すぐに小さな窓と、カウンターがあるのが目に入った。待合室のようなギャラリースペースの奥に入ると、正方形に近いフロアに本が陳列されていた。

 「以前はアパレルを扱う店だったんですけと、もともとは接骨院だった場所なんです。だから受付の窓があるんですよ。壁の色は2つ前の店の内装のままで、棚と本だけ運んできました」

元接骨院だけあって、受付カウンターと小窓が。

 出迎えてくれた小張さんによると、以前の店よりも1.6倍の広さになったそうだ。杉並区出身の小張さんは、今年37歳。「中央線カルチャーの中でも比較的落ち着いていて、少し歩けば自然も豊か」な荻窪から、杉並区と練馬区の境目にある中学と高校に、自転車通学する生徒だった。サッカーに明け暮れていたけれど、本も好きで、グラウンドと図書室を往復する日々を送っていたという。

 将来の夢はサッカー選手、だったけれど高校生の時に限界を知り、その後は教師や小説家など、色々揺らぎながら大学受験を迎えた。選んだのは早稲田大学の第二文学部。専門を絞らずに色々学べそうだったのと、色々な人生経験を持つ同級生と関われそうだったことが、志望の理由だった。

 入学してみると、いい意味で他人に干渉しない仲間に恵まれた。昼から講義に出席するかたわら地元スーパーでアルバイトし、同僚のお姉さま方に愛されていたと、小張さんは振り返った。

 「やっぱり小説家になりたいと思って、2年の時にスーパーを辞めて、トーハンでバイトを始めました。その時に文章だけではなくて絵も楽しめる、絵本や児童書って面白いなって思って。それで4年の時に児童書の会社に、片っ端から『雇ってください』って手紙を書いたんです」

 児童書を専門に扱う出版社は定期採用をしていないところがほとんどだったが、朝日新聞に求人広告を載せていた童心社に採用された。ただし編集ではなく、営業としてだった。

 「営業って頭を下げるイメージしかなかったのですが、図書館に本を置いてもらうべく全国の学校を巡ったり、信頼関係を築くべく書店に足を運んだりと、とてもやりがいがあったし求められていることもわかって。だから、喜びを感じながら働くことができました」

店内のあちこちに猫がいて、お出迎えしてくれる。

マッチョな香りのしない品揃え

 そんな中で、本を直接誰かに手渡す仕事がしたいと思うようになり、30歳で独立して自分の本屋を開こうと思うようになった。

 「会社からは『今は本が売れない時代だから、やめた方がいい』と引き留められましたが、自分は頑固だし、反対されると燃える性格だったので(笑)。児童書や絵本を大切に扱い、新しい絵本作家の魅力を伝えられる場所にしたかったので、ギャラリーも併設した本屋にしようと最初から考えていました」

 退職してから2016年1月にオープンするまでの約1年間、小張さんはトーハンのアルバイトに戻りつつ、神保町の三省堂や有楽町の東京交通会館などに入店している雑貨ショップ「神保町いちのいち」でも修行を始めた。「好き」と「売る」は別物だし、接客や雑貨のノウハウを知るには、現場で学ぶのが一番だと考えたからだ。

 店の場所は会社員時代から住んでいる谷根千に、谷根千は猫が多い街で自分も猫好きだから、名前は「ひるねこBOOKS」にしよう――。そんな構想を練っていざオープンしてみると、荻窪に「title」が出来たことで個人書店が脚光を浴びつつあるタイミングに、がっちりハマった。

店の奥にはイベントなどで使用するゴロゴロスペースがあり、地元の本をテーマにしたイベント「不忍ブックストリート」のキャラクター、しのばずくん(の、ぬいぐるみ)と会える。

 「最初は大変でしたが、続けていくうちに波に乗ることが出来ました。今は新刊が4、古本が6という割合になっていますが、最初の頃は売り上げが安定して見込める、古本の割合が今より高めでした」

 古本は買取もしているが、「店に合う、置いていて気持ちが良いもの」を選ぶようにしているという。と、ここまで話していたら、古本買取希望のお客さんがやってきた。小張さんがサクッと付けた値段に、お客さんも納得している。今は時期的に難しいが、以前は遠方から本を売りに来るお客さんもいたそうだ。

 「古本を扱うと、お客様が棚を作るようになるんです。そこが面白くて、新刊オンリーにしないんですよね」

 と小張さんは言うが、確かに古本の棚を眺めてみると「ああ、この店にあってしかるべきだな」という本が並んでいる。お客さんによる偶然の産物とは思えない、あえてセレクトしたような棚ぞろえになっていた。

中央の台に新刊が、壁沿いに古本が置かれている。

 どれどれ、新刊の方は……と眺めていくと、男性店主の個人書店ではあまりお目にかかることがなかった、石井ゆかりさんの占いの本に気付いた。フェミニストのバイブル『私たちには言葉が必要だ フェミニストは黙らない』(タバブックス)のイラストを手掛けている、安達茉莉子さんのZINEも置かれている。

 絵本と児童書が多めなこともあり、全体的にマッチョな香りがない本ばかりだ。うん、非常に居心地がいい。そう言うと小張さんは、「あまり意識はしていないものの、自分の好きな本は女性読者が多いものばかりかも」と笑った。

人気イラストレーターの初個展を開催

店に入ってすぐの場所は、ギャラリースペースになっている。

 安達さんの作品はあちこちでお目にかかれるが、初めての個展は5年前に、ひるねこBOOKSの旧店舗で開催されている。以来、安達さんとは付き合いが深いそうだ。作家と距離が近い本屋なのも、ますます居心地の良さを感じてしまう。

 お客さんとも距離が近い店だからこそ、緊急事態宣言による自粛要請を、本当に辛く感じたのではないだろうか。当時のnoteからは、強い苦悩と葛藤が伝わってくる。

 「昨年はGW中の休業を余儀なくされたのですが、自粛期間だからこそ本は大切なはずだし、どの店も1つ1つ背景がある中で、緊急事態だからと一斉に店を閉めさせることが理解できませんでした。本を手に取ってもらい、その本を介して誰かと言葉を交わすことを、これまでずっとやってきました」

 「開いていることでほっとするお客さんもいるだろうし、僕も人生をかけてこの店をやっています。だから今年は閉めずに、続けることにしています。本当に生き方が問われる時代だと思うし、社会が同調圧力のような空気を作ってしまったことは、とても罪深いですよね」

 迷いなく答える小張さんの表情からは、頑固というよりすっと通った芯のようなものを感じた。揺るぎなさを内に秘め、柔らかく優しいものをお客さんに伝えていく。そんな硬軟入り混じった本屋が東京にあることを、ふと実家に帰って話してみたいと思ってしまった。「ひるねこって名前は昼寝をしている猫から来ていて、その姿がかわいいから店名になったんだよ」という言葉とともに。

小張さんおススメ!谷根千から世界につながる3冊

●『北欧の幸せな社会の作り方』あぶみあさき(かもがわ出版)
 北欧の人々にとって「政治」はとても身近なものだ。豊富な写真とともに選挙や活動の様子を伝える本書を読むと、その楽しさが伝わってくる。「幸福度ランキング」で常に上位を占めるのは、自らの力で社会を作り上げている実感があるからだろう。

●『あるノルウェーの大工の日記』オーレ・トシュテンセン/牧尾晴喜訳(エクスナレッジ)
 ノルウェーで25年以上、大工として働く著者。私たちが「匠の技」と称賛し消費する仕事の陰にある、職人の苦悩、喜び、誇り。時にユーモアを交えながら訥々と語られる実直な思いが胸を打つ。あらゆる生き方、働きの道標になるような本。

●『新版 谷根千ちいさなお店散歩』南陀楼綾繁(WAVE出版)
 東京の谷根千(谷中・根津・千駄木)エリアには、個性的な店やスポットが数多く点在している。「不忍ブックストリート」の代表であり、この地域を見守り続ける著者が聞き、書いた、それぞれの物語。谷根千を知り、歩くための必携の一冊。

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