1. HOME
  2. コラム
  3. 季節の地図
  4. ちょっとしたついで 柴崎友香

ちょっとしたついで 柴崎友香

 気が散りやすく、なにごとにも取りかかるのに時間がかかる。やらなければならないと意識すると、普段はやらない片づけだとか本棚の整理だとかを始めてしまうタイプである。本棚の整理をしよう、とすると今度は、そこで手に取った本を読み出してしまって……。結果、一日にできる仕事や用事の量が少なく、やらないといけないのにできていないマイナスの気持ちや経験ばかりが積み上がって、ますます苦手意識が強まる悪循環に長らく悩まされている。小学生のころからそうだ。

 先日、SNSでたまたま流れてきたスロベニアの哲学者スラヴォイ・ジジェクのインタビューの動画に目を留めた。本を書こうと構えるとなかなか書けないので、まだ本を書いているのではない、思いついたことをメモしているだけという感じで書き、それが溜(た)まればもう本は書けている、と話していた。

 自分も似たタイプだ、同じようにしている、とのコメントがいくつもあった。つまり、私と同じような悩みを抱えた仲間がたくさんいる、と勇気づけられた。それで、とりあえず書けることを書けるときに書こうと実践してみたが、まとまらずに書きかけの原稿が大量発生している状態。もう少し続けて、自分なりのやり方を見つけたい。

 ところで書くほうだけでなく、本を読むほうも集中するのに時間がかかる。積んだ本で部屋が大変なことになっている。残り少ない壁がある廊下に天井までの薄型本棚を設置し、床の本を詰めると、ちょっと本屋さんぽい感じになった。これはもしかして……。

 本屋さんで本を探している感じで本を手に取って開いた。なんか読める。次に「今やらなくていい本の整理をしかけて読み始めてしまう」感じで床に座って読んでみた。すごく読める! ということで、廊下で本を読んでいる。部屋に快適な椅子があるのに、狭くて暑い廊下の隙間で読んでいる。床に座る姿勢では腰痛になるのが悩みである。=朝日新聞2023年9月6日掲載