幻想性をたたえた短歌で世に出た歌人で、小説家でもある川野芽生(めぐみ)さんが初めての長編「奇病庭園」(文芸春秋)を発表した。ひとつの街ほども大きな文書館がある世界を舞台に、角や翼が生えた異形の者たちが織りなす物語。現れては消えてゆくイメージが、読者を言葉の迷宮に誘う。
まず登場するのは、一人の写字生だ。文書館から角の生えた老女の頭部を持ち去り、旅の途中で拾った赤子に〈いつしか昼の星の〉と名付ける。同じ頃、森に潜む鉤爪(かぎつめ)の生えた者たちも赤子を拾い、〈七月の雪より〉と呼んで育てていた。
物語はふたりの赤子の行く末を軸に語られるが、数多くのエピソードが世界を果てしなく広げてゆく。
「ずっと掌編や短編を書いていたので、長いものを書いてみたいという気持ちは以前からあった」。いくつもの掌編を連ね、それらが緩やかにつながるような構成にすることで、「細かいところまで彫琢(ちょうたく)する掌編の面白さと、大きなストーリーがつながっていく長編のよさ。両方を出せるかたちになったんじゃないかなと思います」と話す。
川野さんは1991年、神奈川県生まれ。児童文学を読んで育ったが、とくに大きかったのは小学校の終わり頃に出会ったトールキンの「指輪物語」だったという。「世界がものすごく細かく描き込まれているので、地図のどこかに自分が入れるような感じがあって。そこからずっと、『指輪物語』の世界に住んでいました」
中学生で早くも幻想的な掌編を書くように。並行して、大学で出会った短歌にも夢中になり、2018年に「Lilith」30首で歌壇賞を受けた。翌19年には小説家としてもデビューしたが、「短歌は一音一語もゆるがせにできないものなので、言葉の選択や語順へのこだわりは、短歌をやることによって研ぎ澄まされたかなと思います」。
本作には、異形や狂気といった、ほの暗いモチーフが随所にちりばめられている。それは自身が好きな怪奇幻想小説の特徴でもあるが、楽しんで読みながら、異常性を「他者として安全なところから消費してしまっているんじゃないの、みたいな居心地の悪さもすごくあった」と言う。
そもそも異常とは、異形とは何なのか。「絶対的な正常があった上での異常ではなくて、すべてが異形であるという地平で異形の話がしたい」。そうした意識に貫かれた物語はまた、美にまつわる一筋縄ではいかない矛盾もあぶり出す。
誰かが何かを美しいと感じるとき、「美しいとされるものからの搾取と、美しくないとされたものへの差別とが両方ある。美しいと感じることは、業の深いことだなと思う」。その上で、こう続けた。
「私は言葉や幻想がものすごく好きだからこそ、その業から逃れられない。愛するがゆえに業がよく見えるこの場所で、矛盾だらけでもやっていくしかないと思っています」(山崎聡)=朝日新聞2023年9月6日掲載