「アフター・アガサ・クリスティー」書評 時代切り開き 性差別・暴力問う
ISBN: 9784865283792
発売⽇:
サイズ: 20cm/341p
「アフター・アガサ・クリスティー」 [著]サリー・クライン
20歳の頃、シカゴを舞台とする女性探偵の小説にはまった。主人公の名はV・I・ウォーショースキー。自立心旺盛で、身体能力に富み、頭脳も明晰(めいせき)。男性に侮られないように、女性名のファーストネームを仕事では使わない。女性作家サラ・パレツキーが書いたこのシリーズに当時の私は魅了された。主人公が食事をとるシーンになると、こちらもご飯を作り、読みながら一緒に食べたほどだ。
私に限らず、犯罪小説を好む女性は多い。女性の多くが日常的に暴力の脅威を感じているにもかかわらずだ。アガサ・クリスティー以降、女性作家は犯罪小説を手がけ、女性を物語の中心に据えてきた。それはなぜか。著者は英米圏の女性作家にインタビューを重ね、その理由に迫った。
アガサ・クリスティーは、男性が占めていた犯罪小説の世界で成功を収めた。女性主人公を完全に自立した人間として描いた初めての作家だと、著者は評価する。
その挑戦は、次世代の女性作家に受け継がれた。1970年代以降、新しいタイプの女性私立探偵が登場する。先に挙げたV・Iシリーズがその一つだ。フェミニズムの視点を押し出し、政治・社会問題を扱った。それでも主人公は白人の異性愛者・健常者であり、今読むと時代の制約を感じる箇所もある。その後、女性作家はレズビアンや有色人種、障がいを持つ探偵を誕生させ、多様な女性像を提示している。
女性作家は犯罪小説を通して、現実の性差別や暴力を問い、政治・社会の問題に斬り込む。女性はそれを読むことで、安全な場所で暴力の恐怖・脅威と向き合い、自らを鍛え、乗り越えようとするのだという。
かつての私は女性探偵の物語に身を置くことで、自立を模索していたのかもしれない。女性の犯罪小説は時代を切り開き、女性像を刷新し続けてきた。本書を開けば、書き継がれた作品の中から自分にあった物語が見つかるに違いない。
◇
Sally Cline 1938~2022。英国の文学者、伝記・小説作家。ケンブリッジ大で教え、伝記や評論などを発表した。