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「クィアなアメリカ史」書評 逸脱めぐり国家社会の根幹形成

評者: 藤野裕子 / 朝⽇新聞掲載:2023年10月28日
クィアなアメリカ史 (再解釈のアメリカ史) 著者:兼子 歩 出版社:勁草書房 ジャンル:生き方・ライフスタイル

ISBN: 9784326654420
発売⽇: 2023/08/29
サイズ: 20cm/330,23p

「クィアなアメリカ史」 [著]マイケル・ブロンスキー

 キリスト教圏は歴史上、同性愛に不寛容だったというイメージを持つ人は、驚くだろう。本書はアメリカの500年の歴史を、性・ジェンダーの規範から逸脱したクィアな実践で、満ちあふれさせたのだから。
 もちろん、イギリス植民地の時代から、ソドミー法により、生殖目的以外の性行為は禁じられていた。だが本書は、ソドミー法の下でも、私的な場である限り、逸脱は容認されたことを強調する。ソドミー罪で起訴された裁判の記録や、女性作家が女性説教師に宛てた手紙、男性が内面を書き綴(つづ)った日記に、その痕跡を見出(みいだ)す。小説や演劇なども手がかりに、公的記録に残りにくい性愛の実践や情熱的な感情を書きつなぐ。
 抑圧のなかに性・ジェンダーの新たな可能性を見出す視点も印象的だ。19世紀に登場した性科学は、「同性愛者」という概念を作り出し、「倒錯」という病理と結びつけた。しかし、その性科学こそが、私的な領域でしか語りえなかった同性同士の性愛を当事者が語る場を設け、「同性愛者」アイデンティティーを公然と表明できる契機を作ったのだと著者は指摘する。
 本書を読むと、アメリカの国家・社会の根幹がクィアをめぐって形づくられ、変容してきたことがよくわかる。異質と見なす存在を恣意(しい)的に作り出し、それを排除・迫害することで社会の安全という幻想を得る。この点で、LGBT差別と奴隷制や人種差別とは類似の構造で成り立っているという。独立戦争・南北戦争・第2次大戦といった教科書に載る出来事も、性のあり方を変化させた。そうした過程をへて、大都市でLGBTコミュニティーは発展し、60・70年代の運動、80年代のAIDSをめぐる迫害と抵抗運動へと至る。
 アメリカ史をこのようにクィアに読み替えられるなら、日本史の通史はどう描けるだろうか。すでにいくつかの試みがあるが、本書は日本の過去と現在を考えるうえでも興味深い。
    ◇
Michael Bronski ハーバード大教授。女性・ジェンダー・セクシュアリティー研究プログラムの授業を担当。