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「被害者家族と加害者家族 死刑をめぐる対話」/『「オウム死刑囚 父の手記」と国家権力』書評 のしかかるのは「らしさ」の物語

評者: 磯野真穂 / 朝⽇新聞掲載:2023年11月04日
被害者家族と加害者家族 死刑をめぐる対話 (岩波ブックレット) 著者:原田 正治 出版社:岩波書店 ジャンル:新書・選書・ブックレット

ISBN: 9784002710822
発売⽇: 2023/08/07
サイズ: 21cm/71p

「オウム死刑囚父の手記」と国家権力 著者:高橋 徹 出版社:現代書館 ジャンル:哲学・思想・宗教・心理

ISBN: 9784768459447
発売⽇: 2023/07/07
サイズ: 19cm/195p

「被害者家族と加害者家族 死刑をめぐる対話」 [著]原田正治、松本麗華/『「オウム死刑囚 父の手記」と国家権力』 [著]高橋徹

 復讐(ふくしゅう)、死別の怒りと悲しみに駆られた首狩り、集落の厄介者と村人が一堂に会し、怨恨(えんこん)を吐露し合った後、厄介者が血を流し和解がもたらされる儀式。
 これら伝統社会で観察された行為は「野蛮」とか「残虐」とかいった言葉で一蹴されてしまうだろう。
 他方人類学者はそのような結論にすぐさま辿(たど)り着くことを嫌う。何が起こっているかを見極めようとするからだ。
 これら儀式には、ある効果がある。やりきれない死別の怒りや悲しみをうちに抱える人々が、その感情を公の場で赤裸々にすることが許される。加害者と被害者が対峙(たいじ)し、贖罪(しょくざい)と再生の道が模索される。
 現在の司法に、これらの効果を発揮する力はあまりない。『被害者家族と加害者家族』では、被害者、加害者のどちら側にいようと、犯人とまともに話すことすら許されない苦悩が記される。
 さらにそこに、「被害者家族、加害者家族はこうあるべき」といった「らしさ」の物語がのしかかる。外れた振る舞いをすると批判に晒(さら)される。自分達(たち)がほぼ関われない場で事件は処理されていく。
 『「オウム死刑囚 父の手記」と国家権力』では、オウム真理教元幹部・井上嘉浩元死刑囚の父の手記が紹介される。父は、息子の罪の責任は自分にあると痛烈な悔恨と謝罪を綴(つづ)り続ける。
 井上元死刑囚はかつて「修行の天才」と言われ、獲得信徒は千人ともされる。彼がかつてオウムの模範であったなら、父は加害者家族の模範を生きているかのようだ。異なる「らしさ」の体現が親子を奇妙に結びつけるように読め、胸が痛い。
 死刑は18年に執行された。事前通告はなく、父はそれをテレビで知る。もう解き放たれていい。そう感じるが、「らしさ」の物語がそれを許さないのだろう。
 自分がもし2冊の中の誰かだったら――そう置き換えて読んでほしい。
    ◇
はらだ・まさはる 「半田保険金殺人事件」被害者の兄▽まつもと・りか オウム真理教元代表の三女▽たかはし・とおる 北陸朝日放送元記者。