主人公は元・戦闘工作員。9歳の時に国際テロ組織に拉致されて育成され、長年厳しい戦場にいたが、ついに組織を裏切って祖国の日本に帰ってきたところから物語は始まる。執拗(しつよう)な組織の追手(おって)から身を隠して暮らす彼がごく平凡な日本の生活や人々に触れる中で、戦闘マシーンとして育ったいびつな心が少しずつ解き放たれていくさまが描かれる。
物静かで優しい人柄の一方で、いざ追手との戦いとなると、彼の身に染みこんでいるすさまじい戦闘力は、冷徹に躊躇(ちゅうちょ)なく発揮される。アクションものとしては見せ場で、作品の魅力のひとつにもなっているが、同時に複雑な思いも描かれる。平和なこの国で、我が身に抱えこんでしまった暴力とどう向き合えばいいのか。それは、どこか我々自身の問題でもあるようだ。巨大な軍事力を抱える日本の姿も重なるが、たとえばネットでの書き込みがハラスメントとなったり、車の運転で人を傷つけたり、技術の発達は人の力を増幅して思いがけない暴力に結びつく。そんな力を危険に暴発させず、どう着地させればいいのか。それを模索する主人公の生きざまは他人ごとではない。巻を追うごとに、そんな思いがじわじわと心に迫ってきた。=朝日新聞2023年11月4日掲載