「怪異と妖怪のメディア史」書評 多様な伝達者の性質を見極める
ISBN: 9784422701295
発売⽇: 2023/09/07
サイズ: 19cm/245p
「怪異と妖怪のメディア史」 [著]村上紀夫
人と社会に深刻な楔(くさび)を打ち込んだ新型コロナ感染症の流行は、情報、そしてそれらを伝えるメディアの存在意義を我々に深く問い直す契機となった。深い分断の最中にあればこそ、人間は貴重な情報を媒介するものの正体を見極めねばならない。それはただ情報の真偽を疑うだけではなく、社会がどこに向かいつつあるかを察知する羅針盤だからである。
本書は髪切り・一目連(いちもくれん)など五つの事例を題材に、怪異という「情報」が近世社会でどのように伝達されたかを、メディア論の視点から探る社会・文化史論。本邦の妖怪研究の歴史は古く、「怪異」の語が学術用語として用いられるようになって久しい。筆者は中世的怪異と近世的怪異の差異を指摘した上で、怪異を怪異として認識する者や伝達者の存在に注目し、最終的には近代社会のありようまでを射程に収める。
取り上げられる五つの事象と、それをとりまくメディアの形は実に多様である。たとえばいつの間にか何者かに髪を切られる「髪切り」の分析では、噂(うわさ)や瓦版など短時間で消費されるメディアと、長期間にわたり情報が蓄積される書籍などのメディアでは、同じ怪異でも捉え方が異なると指摘する。その上で加えられる、性質の異なるメディアの残した情報を単純比較してはならないとの警鐘には、襟を正さずにはいられない。
また墓石が知らぬうちにツルツルに磨き上げられる怪異「石塔磨き」を巡ってはまず、不可思議なものについて語る流言を、未知のものを把握せんとする情報構築の手段であるとの前提に立つ。その上で多様なメディアが流言と混じり合う中で、情報が多様化・複雑化するという分析からは、記録された結論のみを考証の対象とする行為の危うさをつくづく感じさせられる。
情報を巡る過去の人々の心性を浮き彫りにし、我々自身のこれからのメディアへの姿勢を問いかける、示唆に富んだ一冊である。
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むらかみ・のりお 1970年生まれ。奈良大教授。著書に『文献史学と民俗学』『江戸時代の明智光秀』など。