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BL担当書店員が選ぶ「心をデトックスできる、泣けるBL」

「伝えること」から逃げないふたり(井上將利)

 今回は心のデトックスをテーマに、思わず涙がこぼれるような作品をご紹介。厘てくさんの「カメレオンはてのひらに恋をする。」(スクウェア・エニックス)は人と人との意思疎通という「当たり前」がいかに奥深いものかを僕に教えてくれた作品です。

【あらすじ】
「何年も聴きたかった言葉を、出会ったばかりのお前から聴くなんて」
俳優の藤永(大学3年)は演技が大好きだが、オーディションに落ち続けて自信を失っていた。そんなときに先天性難聴のケイト(大学1年)に出会い、手話でお礼を言われる。藤永は手話に初めて触れるものの、これまで「伝えたい」という気持ちを人一倍持って演技し続けてきたため、手の動きを一目見ただけで読み取ることができた。そして、手話を身振り手振りでやってみることになるが、ケイトは藤永の感情表現を見て、その才能に驚かされる―――。伝えたいもどかしさを持つ二人が出会い、心を通わせるハートフルラブストーリー第1巻!
CannaComics「カメレオンはてのひらに恋をする。(1)」作品紹介より

 まず印象的だったのはケイトの明るいキャラクター性でした。耳にハンデを抱える彼は誰よりもポジティブで周囲を明るくする存在であり、また作中の随所にあるコミカルな描写も作品全体の雰囲気を明るくする手助けをしているように感じました。自分の表現が周囲に伝わらず認めてもらえない葛藤を抱えていた藤永もケイトと出会ったことで「伝える」ということを見つめ直していきます。本作では2人の会話が中心に描かれますが、そこが何よりも難しいところ。口の動きを見て言葉を把握するケイトのために口元が見えるように気遣ったり、ケイトの言語である手話を必死に身に付けようとしたり……。何気ない言葉を「伝える」ために決して諦めず、全力で向き合う2人の姿勢には胸が熱くなりました。境遇は違えど、自己表現においてつらい経験をしてきた2人だからこそ、お互いのために頑張れたように思いましたし、「フジナガの伝えたい気持ちが伝わった」というケイトの言葉の通り「伝わる喜び」を噛みしめる2人は尊いものでした。

「カメレオンはてのひらに恋をする。(1)」より ©Rintek/SQUARE ENIX

 また本作でキュンとしたシーンの一つがこちら。藤永のことを想うケイトなりの「応援」を身体で表現した一幕。言葉を使わずゼロ距離のコミュニケーション!と思わずテンションが上がってしまいました(笑)。

 そして2人の互いに対する想いも段々と熱を帯びていくわけですが、2人の会話は手話であれ口話であれ、互いに顔を向き合わせなければ成立しません。どんなに恥ずかしくても、うつむきたくても、目を背けたくても、相手としっかり向き合わなければなりません。それはつまり自分自身の気持ちとも逃げずに向き合わなければいけないわけで……これってなかなか勇気がいることですよね。一つのコミュニケーションに神経を使い丁寧に相手に届ける。ものすごいことを彼らはやっているんだと痛感させられますし、それでもなお「伝えること」から逃げない2人には本当に多くのことを教わった気がします。

 本当に一つひとつの「伝わる」シーンが名場面だと感じるほど、たくさんの感動がある作品です。2人の素晴らしい表現者に魅せられます、そして何よりこのテーマを漫画として表現した作者が素晴らしい!

辛いことも楽しいことも、きみと一緒なら(原周平)

 寒くなってくると切ないお話を読みたくなってくるのは僕だけでしょうか? 今回は「心をデトックスできる、泣けるBL」ということで、2人の恋路が切なくて思わず涙腺が緩んでしまう、でも最後はあたたかい気持ちになれる、こちらの作品をご紹介します。

 有馬嵐さん「半分あげる」(リイド社)

 舞台は広島。黒川はクラスメイトの白木に苦手意識を持っていました。家はお金持ちそうで、賑やかなグループに属していて、いつもニコニコしている彼。それはただ表面的なものでしかなく、白木の家庭環境は読んでいるだけでも辛くなってしまうほど酷いものだったのです……。家から飛び出してきた白木と偶然遭遇した黒川は、白木の気持ちを知って、共に家出することを決意します。行くあてもなく、白木の「海が見たい」という一言を糧に、たった2人の逃避行が始まります。

 学校ではほとんど接点を持たなかった彼らは、たった数日の間でも互いのことを知り、助け合いながら過ごすうちに関係は変化していきます。何も知らない子供でもなく、誰かに頼らずに生きていけるほど大人でもない。そんな2人の必死さ、そこから生まれる恋なのかも分からないけど、純粋な気持ちには胸にこみ上げるものがあります。

「半分あげる」より ©有馬嵐/リイド社

 心を通わせていく2人でしたが、家出がばれ、あっけなく別離の時は訪れます。日常に引き戻されてから、話すことのできないまま卒業を迎え、物語は大人編へ。横浜で教師として働いていた黒川は、たまたま立ち寄ったワインショップで数年ぶりに白木と再会し、あの時に育みきれなかった思いが描かれていくのです――。

 白木を連れ出した結果、助けられなかったことをずっと後悔していた黒川。白木にとって、あの37時間がどれだけ救いになったか――。1人で抱え、受け入れ、耐えてきたことを、少しでも分け合えた人がいたことが、その日からの生き方を変えるほど大きなことだったか……いつも笑顔で包み隠していた白木の気持ちが涙となってこぼれ出すシーンでは思わずもらい泣き。広島から遠く離れた地で、引き寄せられたように2人が再び出会えて本当に良かった! 過酷な環境に身を置きながらも強く生きてきた白木、あたたかな家庭に恵まれ優しく育った黒川、どちらの気持ちにも寄り添いたくなるお話でした。

 辛いことも楽しいことも、“半分あげる”。タイトルに込められた意味を想像して、半分にしたくなるような幸せがこれからの2人にたくさん訪れることを願わずにはいられません! 描き下ろしのラストを締めくくる黒川のモノローグもとても印象的で、一冊まるごと心に残る作品、是非読んでみてほしいです。