「宮本常一 〈抵抗〉の民俗学」書評 政策に回収された「敗北」も描く
ISBN: 9784766429039
発売⽇: 2023/09/01
サイズ: 20cm/392,26p
「宮本常一 〈抵抗〉の民俗学」 [著]門田岳久
まったく無縁であった佐渡島に5、6年前から頻繁に渡るようになった。芸術祭の仕事でのことだ。もとより能などの土着の芸能で名高い島だが、現代の美術に通じる素地があることを知ったのは、何度も足を運ぶようになってからだ。
たとえば本書の主題となる民俗学者、宮本常一(つねいち)の足跡は、島のどこを訪ねても見えてきた。宮本と美術? だがかつて宮本は武蔵野美術大学の教員を務め、学生たちと頻繁に佐渡を訪ねている。ちなみに同大と多摩美術大学の前身となった帝国美術学校の創立に深く関わった北昤吉(れいきち)は佐渡出身で革命家、北一輝の実弟だ。佐渡には「地方からの叛逆(はんぎゃく)」の種が眠っている。
ここでの宮本も、民俗学者を超えた文化・社会運動家として分析されている。宮本にとって佐渡とはなによりも「離島」であり、陸上交通を根幹に据えた近代日本から取り残されてきた。ひとりの学者である以前に、そのことを島の人々に代わって訴え、かれらを勇気づけ、具体的な政策として実践・実現したのがほかならぬ宮本であった。
だが、本書はここからさらに先へと進む。宮本の「抵抗の民俗学」は一学問の枠に収まらない「離島」での実践という点で、近代主義を相対化するものとしてしばしば理想化されてきた。けれども、その「抵抗」が結果を出すための事業と結びつくとき、その実践は国家の政策(具体的には離島振興法)に回収されるリスクを持っていた。そこに宮本の「敗北」の要因もあった。
だが、佐渡の名のもとに芸術祭を語るならば、わたしもまたそのリスクにさらされている。佐渡だけではない。現在、日本各地でアートの中心となっている芸術祭全般にも同様のことが言える。もし宮本に敗北があったのなら、それこそを糧に新たな「抵抗の実践」を組み立てなければならない。煎じ詰めれば日本こそ近代文明にとっての「離島」なのだから。
◇
かどた・たけひさ 1978年生まれ。立教大准教授(文化人類学・民俗学)。著書に『巡礼ツーリズムの民族誌』など。